CARL ZEISS JENA DELTRINTEM ツァイス イエナ デルトリンテム の世界 | BLRM ブラッキー リッチモア ~ Be Lucky Rich More!! のブログ

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〜 SINCE 2015.4.8

 

 

 

 

今回は、ポロ式 双眼鏡の元祖的存在であり、

 

世界初の8×30 規格の広視野双眼鏡、

 

ザ・双眼鏡、双眼鏡の鑑、とも呼ばれる、

 

 

カール ツァイス イエナ デルトリンテム

 

CARL ZEISS JENA DELTRINTEM  8×30

 

について、語ってみたいと思います。

 

 

 

CARL ZEISS JENA  

DELTRINTEM  8×30 Richter Model

 

 

 

CARL ZEISS JENA  

DELTRINTEM  8×30  in 1925

 

 

 

名機 Nikon 8×30EⅡ 等、

 

多くのポロ式双眼鏡 のお手本となったモデルです。

 

 

ドイツ第三帝国の ロンメル将軍が、

 

愛用していた双眼鏡としても有名です。

 

 

 

双眼鏡には、ポロ式とダハ式、そしてガリレオ式があります。

 

 

最近の双眼鏡は殆どが ダハ式ですが、

 

ポロ式は、像の立体感に優れ、10万円以下のダハ式では、

 

ポロ式の立体感には勝てない、とも言われています。

 

 

 

熟練のバードウォッチャーの方には、

 

ポロ式の Nikon 8×30EⅡ 等を使われてる方が多いのは、

 

その辺りも 理由の一つなのかも!? 知れません。

 

 

そんなポロ式の元祖的存在の、デルトリンテムは、

 

名機中の名機である!! と言えます。

 

 

「双眼鏡の鑑」 とも言われています。

 

 

 

この CARL ZEISS JENA  DELTRINTEM  8×30 は、

 

1920年~1990年頃まで、

 

70年の長きに及んで、製造されました。

 

 

1920年といえば、約100年前です。

 

 

その間、第2次世界大戦、戦後のベルリンの壁問題、等、

 

数々の歴史的な事件に影響されながらも、生き長らえ

 

時代を超えて製造され続けた、

 

双眼鏡の歴史そのもの、

 

とも言える双眼鏡です。

 

 

 

そのような長い歴史を持つ、デルトリンテムは、

 

 

① 戦前~戦中に作られたモノ、(1920年~1945年辺り)

 

② 戦後に作られたモノ、(1945年~1967年辺りまで)

 

③ アイスフェルド工場で 大量生産されるようになった

 

     1969年以降のモノ、(1969年~1990年)

 

 

と、大きく 3つの製造時に分けられるのかも知れません。

 

( リヒター モデルは、別として。)

 

 

 

個人的には、更に、

 

1979年辺りから、レンズがマルチコートされ、

 

1Qマークが 消えた後のモノ と、

 

大きく4つに分けたい、と思いますが。

 

 

 

①は、シリアルナンバーが230万台より古いモノ。

 

②は、シリアルナンバーで言うと、230万台辺りからのモノ。

 

③は、シリアルナンバー 370万台辺り以降のモノ。

 

 

マルチコート化 されるのは、500万台くらいからでしょうか。

 

 

 

 

また、1951年 (シリアルナンバー=250万台辺り)から、

 

かの有名な 「1Qマーク」 が、刻印されます。

 

 

 

1Q = ファーストクォリティ。

 

 

 

ドイツ人気質の、カールツァイスイエナの、

 

当時のマイスター達の、威信と誇り、尊厳が、

 

この 1Qマーク に込められたのでしょう。

 

 

それは正に、イエナのマイスター精神の象徴であったのだ、

 

と私は思っています。

 

 

 

※ 1Qマークについては、後日に その真相が解明しましたので、

   以下のリンク先に記事にしています。

 

1Q マークの真実 真相 カールツァイスイエナの双眼鏡

 

 

 

 

私のこれまでの経験上からも、

 

1950年代~1967年くらいまでに製造されたと思われる、 

 

デルトリンテムは、パーツの精度、耐久性、

 

造りの精緻さ 等、当時の世界標準と比較しても、

 

群を抜いていると感じます。

 

 

実際に、これらの時代の製品を手に取って見ると、

 

工作精度や、造りの良さ、製品としての質の高さが、

 

抜きん出ており、それは、手に伝わる感触を通して、

 

その 驚異的とも言える、クォリティーの高さが、忍ばれます。

 

 

1Qマークが、名実共に 意味を為していた時代の、

 

デルトリンテムだけが持つ、質感の高さです。

 

 

 

この時代の、イエナのデルトリンテムは、

 

他の追随を許さない、正に ファーストクォリティ だったのです。

 

 

 

この頃は、工場も東ドイツ イエナ に拠点があり、

 

1952年には、アイスフェルドに新しく工場が出来たのですが、

 

アイスフェルドの工場が出来た後も、しばらくは、

 

デルトリンテムは、イエナ工場で作られていたようです。

 

 

 

その後、1967年頃には、完全にアイスフェルド工場に

 

双眼鏡の製造ラインが全て、移管されたようです。

 

(ほぼ同時に、DDRマークが表記されるようになる。)

 

  DDR=ドイツ民主主義共和国

 

 

 

 

それ以降は、誠に残念ながら、

 

イエナ工場で製造されていた頃ほどの、

 

他の追随を許さぬ、あの高い品質は 保てなくなり、

 

部品や製造コストの問題 等からも、

 

クォリティは下がってしまいました。

 

 

 

アイスフェルド工場に移ってからも、

 

1Qマークこそは、引き続き 付けられていましたが、

 

1950年~1967年辺りの 真の1Q製品 とは、

 

(シリアルで、250~350万台くらいの間の製品)

 

一線を画するような、クォリティの低さで、

 

同じ 1Q製品 とは、呼べないシロモノとなってしまったのでした。

 

 

 

それは、塗装の質や、各部品のクォリティ、耐久性、

 

工作精度・・・ あらゆる点において、大きな差があります。

 

 

 

とは言え、東ドイツ イエナ時代のクォリティが、

 

抜きん出て 突出していた、と事であって、

 

当時は、世界最高の品質と言っても過言ではない

 

クォリティーを誇っていました。

 

 

1980年代の 最後期の デルトリンテムですら、

 

生涯保証 ライフタイムギャランティー が

 

付けられていたくらいです。

 

 

 

事実、私自身 1920年台の初期の個体、

 

1950年代~1960年台半ばの、

 

最もクォリティが高いとされている個体、

 

1969年以降のアイスフェルド工場の個体、

 

1979年以降のレンズがマルチコートされた個体 等、

 

 

100台以上の 色んな時代のデルトリンテムを、

 

これまでに所有して来ましたが、

 

普通に扱う分には、それほど 落差は感じません。

 

( ただし、質感や造りは 全く違います。)

 

 

また、それぞれの時代によって、

 

見え味は それぞれ異なり、それぞれに魅力があります。

 

 

 

この辺りが、色々と コレクションしたくなってしまう

 

原因の一つなのかも知れません。

 

 

例えば、品質の劣ると言われる後期の方が、

 

初期のモノに比べると、わずかに、視野が明るく、

 

コントラストも多少、高かったりもします。

 

 

これは、レンズのコーティング技術が発達した事が原因でしょう。

 

 

 

初期の製品は、ノンコーティングなので、

 

コントラストは低めで、逆光にも弱いです。

 

 

しかし、素直で極めて自然な像は、

 

それを補って余る、代えがたい魅力があります。

 

 

また、細かいパーツの作り込み、塗装の質、工作精度など、

 

モノとしての質感、クォリティ、凝ったディテール等、

 

67年以降のアイスフェルドで製造されだした後年のモノは、

 

それ以前の製品と比べると、

 

随分、コストダウンされていることが分かりますし、

 

手にした時の、伝わる質感も全く違います。

 

 

なので、手にした時の満足度や、

 

所有欲の満たされ方が全く違います。

 

 

 

1979年以降の製品などは、

 

もはや、それまでのカールツァイスイエナと同じ製品、

 

とは言い難い程に、製品のクォリティは下がっています。

 

 

そして、いよいよ カールツァイスイエナは、

 

東ドイツの消滅と共に、終焉へと向かうのです。

 

 

時代の流れとは言え、

 

非常に残念な事ではありますが、

 

とは言え、1920年代~1967年辺りまでに、

 

カールツァイスイエナで製造された

 

デルトリンテムを始めとする製品の品質は、

 

信じがたいほどに突出しており、

 

 

今から、50年~100年も昔の製品にも関わらず、

 

全く 各部品のガタツキもなく、

 

今尚 実用出来る品質を保っているという事実に、

 

驚かざるを得ません。

 

 

 

その、他の追随を許さない、信じ難いほどの

 

極めて緻密な 工作精度の高さ、並外れた耐久性、

 

双眼鏡としての、世界一流のクォリティーを、

 

今だに備えていることに、ただただ、驚愕するのみです。

 

 

 

この頃の、カールツァイス イエナの双眼鏡には、確かに

 

他の追随を許さない、突出した技術力があったと、

 

言わざるを得ません。

 

 

 

実際に、この辺りの時代の、他のメーカーの製品の殆どは、

 

まともに使用出来るような状態では残っていませんが、

 

( シボ革のグッタペルカはボロボロに剥がれ、

 

 双眼鏡として実用出来る状態のものではない製品が殆どです。)

 

 

ツァイスイエナの製品は、全く問題なく使用出来たりします。

 

それが何よりの、物言わぬ 「証拠」 でしょう。

 

 

70年、100年経った今でも、実用上問題ないクォリティを

 

保っている事自体、驚異的と言わざるを得ません。

 

 

これは、いかに高品質なパーツを使い、

 

高度な設計の元に、高度な技術で組み立てられ、

 

耐久性にも群を抜いて優れていたかを物語っています。

 

 

 

1920年~1925年の間に製造された個体を、

 

これまでに、数十台 所有して来ましたが、

 

どれも、グッタペルカと呼ばれる、革巻きの部分も、

 

全く劣化もせず、極めて良好な状態を保っています。

 

 

100年近くも前に作られたと言うのに、

 

信じられないような、素晴らしいクォリティです。

 

 

 

また、中心像は、極めてシャープで繊細、

 

レンズの研磨技術が、既に極限まで

 

極められていたことが伺えます。

 

 

各ディテールも、非常に凝った造りです。

 

 

 

この年代のモノは、特にクォリティが突出しており、

 

細かな部品一つ取っても、素材や加工技術等、

 

非常にコストが掛かっていると見受けられます。

 

 

特に、部品の素材に関しては、この時代は極めて贅沢です。

 

 

後には、亜鉛製やアルミ製となる部分も、

 

真鍮製だったりします。

 

 

 

また、一見 古臭いと思える、

 

このポロ式の典型的な双眼鏡の形ですが、

 

持ってみると、驚くほど 手に馴染みます。

 

 

如何に合理的にデザインされているか、

 

手にして使用した時に、思い知らされるはずです。

 

この持ち易さには、どんなダハ式双眼鏡も敵いません。

 

 

 

いずれにしましても、1台は持っておきたい、

 

双眼鏡の鑑 であり、 THE・双眼鏡 です。

 

 

 

デルトリンテムを知らずして、双眼鏡を語るなかれ、

 

そう言いたくなるような、双眼鏡の中の双眼鏡であり、

 

双眼鏡のお手本となる双眼鏡なのです。

 

 

 

CARL ZEISS JENA DELTRINTEM  8×30 in  1925

 

 

 

では、次回は、それぞれの時代による、デルトリンテムの

 

細かいディテールを比較してみたいと思います。

 

 

 

 

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