合衆国再建への祈り『ディア・ハンター』 | 徒然逍遥 ~電子版~

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こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。

 

酷暑の中、冷房装置の無い仕事部屋で仕事をしている。毎年のことなので別段苦にもならないが、机上の書類が汗でぐにゃぐにゃにならないように気を配ることと、水分補給を忘れないことが課題である。
思えば、南方戦線での兵士たちも極限的な身体的・精神的疲労に悩まされたはずだ。太平洋戦争中の日本兵然り。そして、ベトナム戦争の米兵たちも然り。

『ディア・ハンター』 The Deer Hunter (’78) 183分
梗概
鉄鋼産業都市ピッツバーグの製鉄所労働者の青年たちも徴兵されベトナムへと赴くことに。その壮行会ではスティーブン(ジョン・サヴェージ)の結婚式も執り行われる。さらにニック(クリストファー・ウォーケン)がリンダ(メリル・ストリープ)に求婚し承諾された。翌日、青年たちは鹿狩りに出かけ、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)は“ワン・ショット”で立派な鹿を狩る。
ベトナムでの地獄のような日々が始まり、スティーブンは両足と左腕を欠損。ニックはロシアンルーレットに魅せられ姿を消す。マイケルは帰郷後、スティーブン宛ての送金がニックであると察し現地へと飛ぶ。そこで無敵のプレイヤーとなり果てたニックと再会。彼の記憶を呼び戻し連れ帰ろうと努めるのだが・・・。

 “ロシアンルーレット”が社会的に大認知されるに至った功労賞モノの映画であることは周知の事実。今では我邦においても誰もが知っているんじゃなかろうか。
そんなことで、恐らくは制作側の意図とかけ離れた好奇の視線を浴びたことと思われるが、話題性と言う意味では大きな効果をもたらし、興行成績にもつながったはずだ。


公開当時、アジア人蔑視との論調も確かにあった。なんせ、北側ベトナム人が米兵や南側兵士らを賭けの対象として“ロシアンルーレット”に興じるのだから。

さらには、南のサイゴン市内では捕虜や兵士ではない人間がプレイヤーになっている。

このように現地人の非道な残虐性ばかりがクロースアップされたカタチだ。

だが世間知らずの高校生の自分には、そんな大袈裟なことはないんじゃないか。と、感じるにとどまった。

年月を経て再見したが、今度はちょっと悪者仕立てが過ぎるかと思ったものの、史実としてベトコンも捕虜を虐待した事実も知り、もしかしたらこんなこともあったやも知れぬ。と軌道修正。同時に、やはりあくまでも主人公らが代表する米国に正義あり。みたいな構図も透けて見える気がした。


でも、これはこれで仕方ない話で、(米国内の)興行で成功させるには必要な処置だったろう。それにニューシネマを経た後ということもあり、あからさまなヒロイズムが見当たらないのは、現実の問題に寄り添った物語だからだ、と理解できた。
今でも一般的には、感動的な反戦映画、との評価が大勢を占めていることだろう。自分も永らくそう判断してきた。


だがしかし、あのエンディングは何を意味するのか。
ニックの友人たちが彼を偲んで唱和する【God Bless America】


ベトナム戦争で疲弊しきった米国社会。青息吐息の経済状況で失業者と麻薬と犯罪が街にあふれる。ドルの失墜。精神を病み社会不適合者へと人が変わってしまったベトナム帰還兵による問題行動。ニューシネマ後の世界観が描けず、光明も見いだせず出口なしの閉塞感。神にもすがる思い。


そこへ彗星の如くに輝き出たのが『ロッキー』(76)と『スターウォーズ』(77)だ。

強い米国へと回帰するためのカンフル剤のようなパンチ力を発揮。前者はアメリカンドリーム復興へのチャレンヂ精神を鼓舞し、後者は“世界の保安官”としての矜持を重ね合わせる夢をもたらした。

70年代の金字塔~その5:『ロッキー』合衆国再起動応援歌

70年代の金字塔~その6:『スター・ウォーズ』で勇気りんりん


その後しばらく本作のようなベトナム戦争後遺症と復興応援歌が並走。『ランボー』(82)を最後に病的に悩む帰還兵が姿を消し、レーガン政権下で世界に再び強い米国を印象付けることに成功。映画の主人公となる帰還兵はヒーローへと姿を変えた。


まさに【God Bless America】の成果とは言えまいか。
 

そう、『ディア・ハンター』は強いアメリカ再建への祈りだったのである。


ニューシネマの末裔として反戦意識が強いとはいえ、このエンディングには米国映画人の限界を見た思いがする。かつての『イージーライダー』(69)や『バニシング・ポイント』(71)、『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』(73)のように絶望感で終わることがない。

ピーター・フォンダ追悼『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』

いや、決して、これだけをもってして本作が保守的であるとは言いはしない。
然れども、米国人一般(と平準化するのもどうかと思うが)に通底する愛国的精神性を垣間見ることができよう。それに虚無感に満ちたニューシネマにも疲れ果てたのだろう。

 

ある程度までは祖国を相対化して描けても、最後の最後にはやっぱり“星条旗よ永遠なれ”なのかもしれない。そしてそれは米国民としてのアイデンティティーの発露として避け難い現実なんだろう。


だが、翌年公開の『地獄の黙示録』(79)は本作では描写されなかった米兵による過激な行為までもが直視されている。これは第三者的立場の視座に基づくもので、善悪の判断を超えた冷徹なまなざしに近いと言えよう。
比較して本作はかなり抒情性が強く、それゆえに主人公ら青年たちの被害者的立場に同情したくなってしまう。ここが弱点でもあり強みでもあるのだが。


俺は今からお前を殴る!『地獄の黙示録』

 

さて、劇中で誰かがジョンの店で「ローリングロックとケスラー」と註文した。
“ローリングロック”はペンシルヴェニア州の地ビール的なルーツを持つ。彼らの地元もペンシルヴェニア州ゆえ頻出。瓶入り缶入り両方出てくる。


実はかれこれ30年近く前の話になるが、妻の実家からこの缶入り品を一箱頂戴したことがある。日本では滅多にお目にかかれない銘柄そして時代。アメリカンな香りに喜んだものだった。
一方、“ケスラー”はアメリカン・ブレンデッドウィスキーの銘柄。安酒である。


戦場でも有名銘柄ビール“ミラー”の缶が目に付いた。

 

ところで、俳優陣に目を向けると、ヒロインを演じたM・ストリープの美しさが際立つ。

それにまさかの軽いエビぞりジャンプまで披露してくれた。さすが元チアリーダー。

当時はまさかオスカー常連の名女優に化けるとは思いもよらなかったが、翌79年には『クレイマー、クレイマー』が公開されオスカー受賞。その後『フランス軍中尉の女』(81)『ソフィーの選択』(82)『シルクウッド』(83)と、立て続けに出演してスターダムにのし上がる。
余談だが、存命している女優の中で好きな人物はマギー・スミスヴァネッサ・レッドグレイヴ、そしてM・ストリープである。


独特の風貌ジョン・カザール『ゴッドファーザー』(72)と『PARTⅡ』(74)や『狼たちの午後』(75)などでも存在感を放った。
ご存じの方も多いだろうが、M・ストリープと婚約中だったものの封切り前にガンで逝去。


中でもクリストファー・ウォーケンの力演に目を奪われる。本作でオスカーを得た後も精力的に活動して大成。今でも現役だ。


その他、ロバート・デ・ニーロを始めとしてジョン・サヴェージ、そしてジョンに扮したジョージ・ズンザもベストな演技を披露している。

音楽担当はスタンリー・マイヤーズ。ギタリストのジョン・ウィリアムズが奏でるテーマ曲が秀逸。当時、静かに心揺さぶられサウンドトラック盤LPを購入した。

テーマ曲「カヴァティーナ」

3時間超の長尺映画だが苦にならない吸引力を放つ力作だ。

第51回アカデミー賞で作品、監督、助演男優、編集、音響の5部門を制している。


本日も最後までお読み下さりありがとうございました。

監督:マイケル・チミノ

『サンダーボルト』『天国の門』『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』

撮影:ヴィルモス・ジグモンド

『脱出』『未知との遭遇』『天国の門』