求人に応募する時に年齢で断られることありますよね。
歳をとればとるほど仕事探しは難しい。そんな風に思いますよね。

企業側が年齢を理由に採用を断るのは、それなりに理由があります。
・新しい事を覚えてもらえない
・健康状態に不安がある
・周囲の人達とのコミュニケーション不和
などなど

紹介予定派遣など、採用後何十年も勤めてほしくて採用する場合を除き派遣は長くても最長3年と決まってます。もはや年齢関係なくね?と個人的には思うのですが、現実では上述のように、企業は50代の採用に対して殊更に慎重です。いくら年齢制限するなよーとお上が言ったところで、年齢だけで断るケース、めちゃくちゃあります。

でも、私はちょっと思うのです。それって、今までの50代がそうだったからトラウマになっちゃったんじゃないの?と。

健康状態は別としても、過去50代の人に新しい仕事をなかなか覚えてもらえなかった、今までのやり方に固執して面倒だった、自分の立場を受け入れられずに年下の先輩や上司とうまくやれなかった…
そんな元50代の失敗経験が、今の50代を苦しめていませんか?

だから、あえて言いたい。
今50代で仕事を探している人は新しい仕事についた時、周りの「50代って使いにくい」という先入観をぶち壊してあげて下さい。あなたがその職場を去った後も、そこにいる人たちが採用を考える時に「年齢はあんまり関係ないよね」と思わせる事が出来れば素晴らしい。
自分は50代だけど全然そんな事ないのに!年齢だけで判断されるなんておかしい!ってどんなに思っても、過去の50代がそういう実績を作ってるから仕方ない。あなた達のせいじゃないんです。だからこそ、あなた達にしかできない事もある、と私は伝えたい。私達はある意味いろんな失敗を見てますから、あまり年齢を気にしていません。若くたって覚えが良くない人もいるし、柔軟性がない人もいるし、馴染めない人もいる。50代だとそれが歳のせいにされるという事でしょう。

シニア世代の皆さん、今一度我が身のふりを振り返って見てください。あなた達の振る舞いが、周りにその年代のイメージを植え付けます。

そして若者。今若い私たちもいずれ歳をとり、想像もつかない理解に苦しむであろう次の世代と共に過ごさなければなりません。変化の早い時代っていうのは世代間のギャップもそれだけ大きくなります。その事を忘れるな。

安定は続かない。必ず訪れる変化に、せめて心構えだけでもしておきましょうね。
最近はイクメンも死語化してる感じすらありますが、ここ数年で子供を持つパパとなった男性は当たり前のように嫁と家事を分担し、保育園の送り迎えをしてる印象があります。まあ、専業主婦を自分一人の稼ぎで養うという価値観?が薄れてきつつあるんでしょう。幼い頃からずっと男女は平等に扱われ、個性や多様性は大切だと教えられた世代です。恋をする相手の女性も自分と同じように働いていて平等な存在だと思えば、結婚・妊娠出産を経て育児という仕事も公平に担おうとするのは当然の流れなのかもしれません。逆に専業主婦になりたいなんて言おうもんなら、お前ずるいな!と思うのかも。

私の世代はまだまだ専業志向が残ってた。バリキャリ志向の人もたくさんいたけど、寿退社や玉の輿は勝ち組の象徴。独身30代は負け犬とか言われてた時だった。

うちの旦那は19歳も年上な事もあり、どちらかというと男が養うのが普通という思想の持ち主。初婚の時は嫁に家庭に入って欲しかったらしい。しかし意外と仕事志向で子供にも恵まれず。今となっては出産後に時短で復帰する人をたくさん目の当たりにして、子供いても働けるんだーって少し考え方が変わったらしい。年の差的に嫁が働かないと食ってけないってのもあるけど、私には働いてほしいと言う。専業主婦ではダメらしい。笑

しかし、そんなだから家事育児に関しては「手伝い」の域を出ない。あくまで嫁がメインで俺はサブ。でもいい歳だしそこそこの稼ぎはあるので自分の金が嫁に使われても何とも思わない寛大さもあり我が家はバランスを取っている。

これからはLGBTも含め、さらに異なる考え方が主流になっていくんでしょう。もしくは、人口減少の危機感から専業主婦回帰の動きが出るのかもしれない。未来のことはわからないけど、人生100年時代になれば世代間ギャップはますます大きくなる。大変ですね。
物を捨てること。
大人である私たちは息をするように出来ることでも、5歳の子供にとっては身を切られるような悲しい決断のようだ。

先日、もう萎んでしわっしわになった風船が誤って割れてしまった。もう何度も私に「それまだ捨てないの〜?」と言われていたものだ。娘がまだ捨てないと言うから保管させていたが、たまたま爪が引っかかり割れてしまった。
消え入りそうな小さな声で「ママ…風船割れちゃった…」と穴の空いた風船を見せにきた。そして、ゆっくりと燃えるごみを入れるゴミ箱に入れた。

風船が割れて、それを捨てた。ただそれだけの事なのに、娘は悲しそうに泣いた。そうね、風船悲しいね、今までありがとうだね、と声をかけるとさらに悲しげに泣きじゃくった。
スペースは有限である事を分かってもらおうと、最近リビングの一角を娘のおもちゃスペースに整備してそこに入らないものは捨てる、置く場所が決まるまで新しいおもちゃを増やさないと言ってきた。一度娘の所持するおもちゃを全て広げて、要る・要らないを自分で決めさせた。(ほとんどが要るものだったのだが)でも、要ると言った全てのおもちゃに娘は思い入れがあるようだった。どこで、いつ、誰に買ってもらったのか、いつ頃よく遊んでたかをちゃんと覚えていた。普段は忘れていても、手に入れた時のトキメキが蘇るのだ。

物がないと不安。物を捨てるのは悲しい。娘にとって、ぬいぐるみやおもちゃは自分自身であり、自分が愛されている証であり、自分の子供なのだ。
やがて成長すれば、物がなくても自分は大丈夫だと思えれば、簡単に捨てられると思う。だから今は焦らずに、無限に取っておくことはできないという事だけ少しずつ理解してくれればと思う。もう捨てようと思うその気持ち、それは自分で決断する事が大切なのだと思う。これは貴重な成長の機会。あまり捨てろ捨てろとうるさく言わないように気をつけよう、と改めて思わされる出来事だった。
小売店はネットショップの登場でどんどん厳しい事業環境に置かれ、アメリカの巨大なショッピングモールは廃墟と化している…

というニュースは前から目にしていましたが私個人は結構実店舗派で、あまりネットでの買い物はしません。車が無いので大きいものや重たいものはネット注文を利用しますが、買い物は極力お店に足を運んで実物をその場で持ち帰りたい。

しかしそれも限界かも、と最近思うようになりました。

先日、朝うっかり自転車に乗ってきてしまったため帰りどしゃ降りの雨に打たれながら重たい自転車を押して坂道を登る…という地獄を味わいました。これはもう、たまにしか使わないとしてもカッパを買おうと思ったんです。コンビニでその場凌ぎの物を買うのではなく、大雨の時に子供を乗せて自転車にも乗れるそこそこいいやつを。

買おうと思えば100均でも買えるものにそれなりのお金を出すのですから、初めはネットで検索してどんなのがあるか、相場はどのくらいかなどを調べます。ポンチョではなくコート型でリュックを背負えること、持ち運び用の袋があること、フードを調整できること…色々見るうちに「コレいいなぁ〜」ていうイメージが出てきて、だいたいこのくらいなら買いかな、と判断基準が固まってくる。
ネットでの情報収集の後はやっぱり実物を見たいと思い調べてみると、レインコート売ってる店舗のまあ少ないこと!都心部限定であまり時間が無かったのもあるんですが、とりあえず東京大丸の東急ハンズへ行って見たものの、品数少なっ!値段高っ!ということで全然買う気にならず、ある意味納得してネットで見つけた良さそうな商品をポチることになりました。

やっぱり店舗は有限、ネットは無限なんですよね。
モノによるとは思いますが、実店舗はもっと工夫しないと勝ち目なんてありません。顧客に足を運ばせる工夫。現物を扱う現場でなければできないこと。もっと突き詰めないとあっという間になくなります。

実店舗派の私としては、その場で見て、その場で入手できる即時性が最大のメリットです。今はネットで買うと手元に届くのは早くても当日の夜か翌日になるので、今欲しい!ポチ!から1日待たないといけない。これ結構痛い。これもそのうちドローン配送でポチって20分とか1時間で届くようになっちゃうとしたら、完全に実店舗は実物を見たり、プロにアドバイスをもらったりしたい商品に限られてくるでしょう。

生鮮食品とか、高級品とか?生鮮食品はネットスーパーも使うけど、果物・野菜は届いたものが痛んでたりして店先でキレイなものを選びたいっていうレビューは多い。高額商品は失敗したくないから慎重に購入するし、ライフスタイルに合わせてカスタマイズするなら第三者のアドバイスは有効だと思う。

縮小する経済、減っていく可処分所得。社会は消費に対してもっと慎重になっていく。買う理由がないものはどんどん淘汰されてしまいますね。
子供が体調を崩す。

これはもう仕方がない。

でもねぇ。

病児保育以外のオプションを追加しなければやはり詰む…(旦那は嫌だって言うし)

電車で2時間かかる実家もフル活用。

一週間以上ともなると核家族の共働きは成り立たないよ。

核家族の共働き…そもそもここが無理ゲーですね。

もっと近くに住めれば。

いっそのこと一緒に住めば。

あーあ。