カラオケを順番に歌うことでこの世の不条理性に対する感覚を表明し合い、わかちあう同胞集団へのコミットメントの有無であり、その場の空気によってアドホックに組み替えられうる不文の進行表に書き込まれた順番を守らない人間は、このコミットメントが欠けていることをもって非難されることになる。
そう、筆者がカラオケを嫌いなのは、本当は、筆者にこのコミットメントが欠けている事実を暴露されることへの恐怖のゆえである。その場を取り繕うためには、あたかもコミットメントがあるかのような振りをしつつマイクをとらざるをえない。
長谷部恭男「憲法学のフロンティア」
今年は、転載絡みの自主規制もあるけれど、ブログ更新を完全に挫折した主因は職場環境の悪化。仕事量増に採用が追いつかないと「裁量労働制」の下では中間管理職に戦線崩壊を食い止めるべきお鉢が自然と回ってくる。2年前まで有給は完全消化していたことを思うと、出世に魅力を感じないとする層の増加は、自身の周囲の管理職がQOLとして見合わないとモデル学習されているからと理解できる。
…とか云いつつ、今年の読書量は計260冊。週末は、ほとんど風呂とマッサージチェアの上で読書しかしていないのでむしろ読書量は増えたのが皮肉。そして今年のおよそベスト10。順不同で記録。
悪医/朝日新聞出版
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今年の1冊目は、久坂部医師の小説。そして珍しいハッピーエンド(韜晦なく)に宗旨替えを疑うほど。「長生きするリスク」を提唱する著者にとって「がんは天佑」というスローガンがどう現場に受容されうるかという創作か。それはともかく、終わらないテーマパークの譬えにおける医師と患者の溝が愁眉。
あなたはなぜ「友だち」が必要なのか/原書房
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友だちの効用を心理・社会実験を通じてひとつひとつ測り示されたところの集大成としての一冊。つまり、お題目ではなく、友だちは必要なのだ。そして「友だち」の限界(PT値、量)も示されることで過剰な人付き合いを強要するものでもないことがわかる。モンテーニュの愛読者にとっては極めて妥当な結論に至っている…が私に友だちはいない(T_T)
キッチンの歴史: 料理道具が変えた人類の食文化/河出書房新社
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ローストビーフを焼くための役割(ターンスピット)が、少年→犬→奴隷→オーブン!と変わっていったように、「料理」は(階級)社会と技術があいまって進化してきたことが丹念に読み解くことができる。料理は伝統文化あるものが高級料理ではないというのは覚えておいていい。昔はペースト状の料理が手間暇かかるものとして階級社会において珍重されてきた、それがフードプロセッサーの登場を期に、高級料理として扱われるのは野趣溢れる素材がゴロゴロとした料理に変わっている。ここに人は労働価値説を見る!!!
城を攻める城を守る 伊藤潤
- 城を攻める 城を守る (講談社現代新書)/講談社
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新井城、高天神城攻防戦にみる「後詰」の重要性。後詰できない大名は配下の信頼を根本的に失うことがわかる。武田勝頼が高遠城を除き、ほとんど抵抗なく皆に裏切られて呆気無く滅んだ根底はこの辺りにある模様(当著とは関係ないが高松城開城において清水宗治の助命にこだわった毛利家の心情が理解できる)。
異端の統計学 ベイズ/草思社
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ベイズ統計学が学問としての確立よりも先に、現場(保険・軍事業界)で受容された後でようやっと学問として正式に受け入れられていくさまが面白い。確率論が神無き学問として、さらにベイズは曖昧さ・揺らぎを根底に置くことで近代科学からも異端視されたということ意味で二重に異端の烙印を押された学問であった。
アニメスタイル005 (メディアパルムック)/メディア・パル
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3DCGがついにアニメの作画として語られる時代がきたのかと感慨ひとしお。ディズニー的ではない、日本のリミテッドアニメをCGで描き切ることにおいて得られる「演出」について要注目。
将棋名勝負2006-2012 -プロが選んだ70局-/マイナビ(日本将棋連盟発行)
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今年は、ほかに順位戦、タイトル戦30年史も出版されたが、当著が頭目ひとつ抜けている。それはただ網羅を目的としたというよりは、1戦においての分析、途中棋譜の紹介を増量した点にある。それにしても一貫して登場する羽生(世代)の異次元の強さ(羽生ゾーンの金うちなど)が光る。
「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか/CCCメディアハウス
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この本は、いかにプラシーボ効果が医療などにおいて蔓延っているか、学問としてはプラシーボを取り除くことが真の効果を測定するという本であれば取り上げはしなかった。この本の眼目は、その先プラシーボ効果こそ科学で正面に据えるべきとなる。ただし、プラシーボ効果があるといわれている薬を飲みたいとは思わないけど(苦笑)
だれもが偽善者になる本当の理由/柏書房
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これはタイトルが悪く手に取る人を減らしていると思う。今年1冊だけ選ぶとすれば間違いなくこれ。重要なのは人の脳も進化の産物であるということ。唯一無二の「自己」は幻想であり、進化の過程で後付でさまざまな「自己」が組み合わさったモジュールの塊として脳を理解すること。そこでは文脈、状況下において適宜モジュールとしての自己が選択される。そこでは「偽善者」という事象に留まらず、行動経済学だろうが、異常心理すら一貫性あるものとして理解する足場を築くことができる。
経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策/草思社
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IMFと吸血鬼の違いは、相手が死んだら血を吸うのをやめるかの違いという批判の一節が心地よい。まあ、タイトルは反語で公衆衛生学(統計)上、経済失政・不況において人はいっぱい死ぬよという一冊。数々の社会実験(東欧崩壊・東アジア危機)において、放任主義はことごとく悲惨な結末に至っており、資本の暴力性は政治の暴力性でコントロールすることの重要性が証明されている。
営繕かるかや怪異譚 小野不由美
- 営繕かるかや怪異譚/KADOKAWA/角川書店
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主上の新刊。今年も新刊を無事拝読することができ恐悦至極。怪異に対して、退治ではなく、営繕で回避するというのが面白い工夫。
愛を科学で測った男―異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実/白揚社
- ¥3,240
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ハーロウの心理実験が現在の評価として誤解と悪意ある偏見にまみれていることを暴き出す。フロイト系のエセ科学と、スキナーを代表とする行動心理学の狭間で極端に揺れる天秤に右往左往され続ける家族に「愛」を取り戻すための苦闘の歴史。猿の背後に現実に数万、数十万の苦しむ人間がそこには居た。
あるコミットメントをすること自体が、その観点から世界を意味づける能力を形作る。カラオケを歌う仮初の同胞集団にコミットすることは、その同胞集団とこの世の不条理性という奥義を共にわかちあう能力をコミットする人に与える。このコミットメントがなされた以上、聴衆の不快感や歌唱の美的レベルなどそもそも顧慮の対象とはなりえない。
同じことが公共の福祉と対抗しうる人権という観念についても当て嵌まる。友情をかけがえの無いものと考える事自体が、かけがえのない友情を取り結ぶ能力を意味するように、社会全体の利益によっても侵害を正当化しえないような人権を各人が持っていると考えること自体が、あらゆる個人を平等に配慮し尊重する能力を構成することになる。
長谷部恭男「憲法学のフロンティア」