『萌え』市場 夏の予感
>木谷氏は、アニメが引きこもりの原因として挙げられることに「萌えのキャラクターは、あくまでお客さんがコミュニケーションを円滑にするための媒体。僕は人間の最上級の欲求はコミュニケーションだと感じる。だから、キャラクターにはまった人が部屋に引きこもるって理屈はありえない」と反論する。
この文旨はよく分からない。マズローの定義した基本的欲求(≒生理的欲求)以上の欲求については、高度資本主義社会においてこれだけ多種多様な欲望を煽り生み出している以上最上級の欲求は個々人によるとしか言い様がないと思う。むしろキャラクターとこそコミュニケーションを取りたいという欲求も考えられるし、現在のテクノロジーや社会的制約を考えればその困難さから最上級ともいえる。
>木谷氏は「美少女アニメ自体が犯罪を誘発しているとはとても思えない。むしろ、いろいろな楽しみ方が提供されて受け皿となり、ものすごく犯罪の抑止力になっている」と指摘する。そしてこう未来を展望する。「萌えが、浮世絵のようなイメージで『日本にはこんなにおもしろいものがある』と海外にも広がれば日本の紹介に、一役買うことになる。百年後、日本史の教科書には『二十一世紀の初頭、東京・秋葉原を拠点に萌え文化が花開いた』と必ず載る気がする」
こういう未来像って違和感を凄く覚える。ポストモダンに踊った八十年代において既に記号と戯れる資本主義の最終段階として世界最先端をいくことを自認する言説は溢れたがその末路はご覧の通り、ついぞこの間丹下先生も亡くなられたしね。そもそも「教科書に載る」ということを評価する文脈って文化として死んでません?まあ私にはそれよりも現在の毎年膿みだしを宣言しているブロッコリーの経営者に未来像を語らせるという構図の方がシュールに感じられてなりませんけれどね。
>「萌え」とは何なのか。経済アナリストの森永卓郎氏は「女性との恋愛で裏切られ続けた男が、女性との交際をあきらめて、アニメのキャラクターなど二次元のキャラクターに恋すること。一種の精神的な解脱。女性との付き合いができる人は萌えにはならない」と定義する。
森永先生のコメントにはいつもながらストレートすぎて何だかも~そこまで萌え至上主義を宣言するのは戦略的にどうですのん?男性視点とか、私自身はどうなのかとかそのようなことを留保しておいても、もっと萌えの裾野は広いと思うけどその点はなんだかいいや。
>その「萌え」市場が広がっていることについては、「二次元のものを何とか三次元に取り戻そうとする中で、マーケットが生まれる。それが、コミックであり、トレーディングカードであり、メード喫茶、コスプレ、フィギュアであったりする。その市場規模は、全体としては二兆円規模」と分析する。
これは因果の向きが逆だと思う。萌え=愛ずるとして自然な感情の一種と定義するならば別だけれど現在の萌えはあくまでも資本主義(キャラクタービジネス)の延長線上でしかありえない。あえて奇麗ごとを言わせてもらうともともと3次元(貨幣という交換価値に対するフェチに根幹を置く社会構造を3次元と言い切るのも抵抗あるけれど)のものに対して過剰な精神性を読み込むことによって2次元に救い出そうという無垢な(それ自体が市場を確立する皮肉込みで)試みではないのかな?
>アキバ系でばかり“萌え”が取りざたされてきたが、実は、山手線の西側、池袋が、女性側の“萌え”「乙女系」の聖地として注目されているという。今週号の週刊誌「アエラ」でペンギンオタク記者としてぬいぐるみ姿で登場し特集記事を書いた有吉由香記者は「サンシャイン60ビルのすぐ近くに、女性の同人誌専門店やアニメ、漫画を扱う一画があり、そこに若い中高生から四十代とみられる女性が大きなキャリーバッグを引きずりながら集まっている。アキバは男性ばかりだから、一緒になりたくない女性が池袋に集結している」と解説する。そして女性独自の萌え文化について「美少年同士の恋愛が人気。その歴史は七〇年代に漫画家の竹宮恵子がフランス貴族の男性同士のロマンスを描いた『風と木の詩(うた)』が発祥といわれている。
「風と木の詩」を貴族の男性同士のロマンスと紹介されると猛烈な勢いで噛み付きたくなる。フランス貴族?男性同士?ロマンス?間違ってはいないけれども、少なくともこの記事を書いた人間がこの聖典を読んでいないことだけは100%断言できる。せめて家族に欠陥を抱えた少年同士の愛憎劇とかにして欲しい(このような粗筋にしてしまうとその魅力を微塵も伝えられないけれど)。当該アエラの記事は読んだけれど、単にパソゲーが男とくらべて女にとってそれほど需要がないということに過ぎないんでは?私はしょっちゅうその池袋で買い物をしているけれど、一緒になりたくないというような会話なぞ一度も耳に挟んだことないよ。それに容姿とか言い出したらどちらもどちらでしょ…。
以下 アニメ感想
「フタコイ」第11話
絵コンテ;逢瀬祭
演出・作監・メカ作監;沼田誠也
空気嫁!って今まで散々読めていなかったお前(恋太郎)が言うなー!って思ったのは私だけ?
今まで内面描写でもって切々と描いてきた三角関係も、高クオリティー(ただ一話、OPほど演出に切れを感じなかったけれど)なアクションシーンという力技で一発解決ですね(今さらラスボスとして海神機関に登場されてもね)。嫌いではないんだけれどこのどうにも古いセンスと、女の子をいかに魅力的に描くかという萌え設定を放棄して延々と主人公の内面を描き続けると言う製作者の前作ファンに対する確信犯っぷりが笑えます。おそらく世界系に対するアンチテーゼになっているんだろうね。個の内面ー世界を一足飛びに繋げるならば、ニコタマー世界を一足飛びに繋げても同じ理屈ということなのだろうし、アニメのリアリティーを完全に逆手にとってます。
一話冒頭の戦闘シーンで逃がしたのがイカファイヤーでそれ以来雛菊姉妹は留まっていたということでいいんだよね?
イカファイヤーが警官の攻撃を無効化してゆらゆらとしているシーンを見ていたら天地無用! in LOVE
のことをぼんやりと思い出しました。あの作品も三角関係に答えだすのではなくて現状そのままでとめた作品だったし、情緒感溢れる心理描写(むしろ美術・音楽の方が力入っていたかな?)を大切にしていたし、過去改変に対するパラレルだけでなくて、演出として時間軸をいじくってたし共通点多かったように思います。好きな作品だしもっているはずなので探してもう一度見ようっと。
「スピードグラファー」第11話
野球延長に合わせて起きていたら眠れなくなって久しぶりに見たんですけれどこれなんてAV?あほでしょ、1話で3回もそれも低品質の作画でまぐわうシーンいれられても端的に萎えますが。まあ順調にゴンゾがこれから人的資源を引き抜つつあることが窺えたし、安直なエロに逃げている以上梃入れもなさそうなので安心できましたが。ちなみに昨晩は「ネギま」も見ましたけれどこれなんて蛍の墓?っていうかこんなにシビアな作品だったとは露とも知りませんでしたよ。ここまでの流れが全然分からないよウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン!って思って今日スレとか見たら完全に原作を裏切っているようで納得。
「ケロロ軍曹」第63話
ケロロと頑張って共鳴する夏実ちゃんが可愛かった、以上。
今週のモアちゃん;自暴自棄・偽装工作・一身同体