ガートルードのレシピ「名でもってものを支配する言霊、魂という言葉もまたかくの如し?」 | あざみの効用

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或いは共生新党残党が棲まう地

『ラブレターを書くにはまず何を言おうとしているのかを考えずに書き始めること。そして何を書いたのかを知ろうとせずに書き終わらなければならない。』

                             ルソー

自分自身を見失う(=どこにでもいるということはどこにもいないということを意味するみたいな?)につれて日々の膨大なフローに飲み込まれてただ翻弄されている感(日々のアニメ感想や新刊感想、そしてアンテナに引っかかったニュース)が強まってきたということ。漫画放談 @ BLOCKBLOG の紺屋氏が去ってしまったことに対する私なりの一つの回答として、http://newmoon1.bblog.jp/entry/185991/ のようなことを記したこともあり愛してやまない収集品をストックとして位置づける試み。

第一弾は、最近Webページlotus position を開設された草川為先生の『ガートルードのレシピ』 (全5巻)

傷口に塩を塗りこむことから始まる佐原漱とガートルードの濃密な物語です(本編は4巻で終了しており、残り1巻は番外編となっています)。フランケンシュタインをモチーフにして、手塚治虫伯「ドロロ」では奪われた自分の身体を一部分ごと取り戻していくという活劇ものでしたが、本作においては逆に奪われた身体を取り戻しに来る悪魔との揉め事、そして創造の秘密を描いています。

ガートルードの身体(厳密には身体だけではない)が継ぎ接ぎ細工の何かだとすると、ガートルードが自分自身のものだといえるもの、これだけは譲れない自分自身だといえるものは何かということ。その答えはまあ、言葉にしてしまうと安っぽくなってしまうのであえてぼやかすと、確たる答えなど物理的なものにはない。それは心が脳内のシナプスの結合という関係性そのものに宿っているであろうが如く、答えを求めていく過程で確信していくものでしかない。「レシピ」について「利己的な遺伝子」で有名なドーキンスはゲノムをケーキのレシピに例えている。材料をレシピに従って調理してケーキという完成品にしていくわけだが、レシピ通りに作ったつもりでも必ず同じものが出来るとは出来ないことはケーキ作りに挑戦したことがある人はよく分かることです(私は一人で挑戦したアップルケーキ作り以来料理が大嫌いになりましたウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン!)。ちょっとした手違いはしばしばあるし、気温や混ぜ方一つでも味は大きく変わってしまう、つまりはそういうことです。いくらガートルードがその生誕からくるニヒリズムっぽいクールっぽさを纏ったとしても、漱の小細工なしの正面突破の前には結局、泥臭く振舞うしかなくなっていく姿は逆説的にとても美しい。

濃密な物語と記したのは本編に遊びといえる部分がほとんどないからです(そしてそれはとても惜しい部分でもあります)。主要登場人物が一巻で揃ってしまっていることあるし、二巻冒頭からラスト4巻までひたすら怒涛の展開でもって書き上げてしまっています。物語の構造上、1巻の展開をいくらでも長くすることが可能であるだろうに(通常の漫画であれば必ずしている)していないことにあります。例えば番外編である5巻を読めばよく分かりますが、取り上げる身体の一部を増やしていけば登場する悪魔は必然的に増えますし、その悪魔に関わる物語や、あるいは登場人物同士の単なる交流イベントを増やしていくことも可能であったわけです。そしてそれはあまりにも冗長になっては逆効果ですけれど、ある程度(少なくとも収束に要した物語と同程度として+3~4巻)は登場人物の深み、説得力、感情移入を増すという点でむしろ欲しいところですし、それだけのネタが十分に転がっているのに…。

で私がいつも拘っている短編作品としては現在刊行されている著作(他は『めぐる架空亭』 『十二秘色のパレット』 )の中では、2巻に併録されている「逢瀬」が好きです。とても短いお話なんですけれど、老人なりの今までの人生に対する肯定と、そしてその上での選択についての淡々とした会話が味わい深いです。

とにかくその可愛い絵柄からは想像できない重い物語をさらっと書くことで、とても洗練させた印象を与えてしまうという幸せなギャップを味あわせてくれる作品です。この作品が基準点となってしまうことが草川先生の重石にならないように願いながらも、その活躍を熱烈に祈っています。


24年組に代表される古典ではなくて、少女漫画を初めて手に取る人にとっても敷居の低そうなもの(絵柄や内容)、http://newmoon1.bblog.jp/entry/165283/ 辺りの記事に共感を覚えてくれた人向けの作品を選んでいく予定ですので、意見・感想もろもろ(お勧め作品とか)を頂けると嬉しいです。

『総ての法則の中の択一に過ぎない「ぼく自身の法則」を王とすることはほんとうに可能なことなのであろうか』

                            寺山修司