輝夜姫「竹に木を接いだその結末」 | あざみの効用

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或いは共生新党残党が棲まう地

「輝夜姫」27巻(最終巻)発売 しました。その読後感は…ただただとめどなく広がる虚脱感を押さえ切れません。単行本派なので封印していた清水スレ のレスの大半も肯なるかな…。

>『総じて直し物はつぎはぎ細工、犯した美徳は罪でつぎはぎ、直した罪は美徳でつぎはぎ』

                      シェークスピア「十二夜」

以下 ネタばれを多数含みます!

信頼(ブランド)は一朝一夕に築かれるものではなく、絶え間ない関係性のなかで次第に芽生えていく「何か」であり、一度信頼が築かれれば以後の関係構築に関するコストは究極的に縮減可能となる。ただ、信頼は目に見える具体的な物ではなくてまさに関係性のなかに潜むものであるので瓦解すれば修復は困難を極めます(スノーブランドでもスリーダイヤでも)。

私は清水玲子先生の単行本は総て保有しています。その無機質のように描く美しい人物と印象に残る構図を武器にさまざまなSF設定を大胆に調理していく作品の数々に惚れこんでいました、典型的な信者でした。もしもまだ読んだことがないというならばぜひとも(初期の作品はさすがに絵が古い、稚拙と感じて受け付けない人も多いかもしれないですけれど漫画好きならばそれは人生を1割方損しています。まずは「竜の眠る星」(全5巻)を読んでそシリーズの大元たる短編の数々へと遡って下さい)。

この10数年にわたって連載した「輝夜姫」に関しても、その想像を絶するほとまでに広げられた大風呂敷も今までの絶大なる信頼に基づき華麗なる収束を信じて疑いませんでした。

最終巻の柱では最後のイメージは当初からありましたと記されています。おそらくイメージ(映像)だけはあったんだと思います。ただ物語はついてきていませんが_| ̄|○
その鮮烈なイメージに引きずられて物語が空中分解を起こしてしまっては元も子もありません。


瓦解した主因は大きく分けて2つです。ひとつは竹取物語にかけて「竹に木を接ぐ」と評したが、複雑な物語を目指して(その場その場の思い付きをランダムに足したとまでは今でも思いたくないんです_| ̄|○)いくつもの伏線を織り込もうとした結果、どれが伏線でどれが本線なのかの識別が困難になってしまったこと。もう一点は主人公の設定に関するもの。「竹取物語」を下敷にしていながら月に帰るべきもの、天人を由(男性)にしてしまったため、主役である晶の女性という性別が最終的に宙に浮いています。

一つ目の欠陥に関しては全27巻の作品にするのではなく、まったく別の全7巻程度の長編4本に分割して発表すべきであったと思う。伏線というには重過ぎるそれまでの本編とは異なるテーマを次々と継ぎ接ぎしていった結果、伏線を回収する以上の量で伏線が生成していくことになり結果放置された伏線の山が作品ごと腐らせてしまった。

以下具体的に検討を加えます。

1巻から7巻の神淵島編とでも名付けるべき流れにおいては、まさに「竹取物語」を下敷きにしたSF物語を展開しています。ここにおいては裏の竹庭で埋められていた(←実は単なる作り話でしたというオチになってしまって萎え)晶がまさにカグヤ姫であることの暗示、島にかつて住んでいた天人が定期的に行っていた生贄を捧げる儀式、そして米軍の動向の3本が大きな柱として築かれます。天人が月に帰るために必要な儀式、それを後押しする米軍の狙い(天人の力、月に何かあるのか)と、生贄たる晶たちが逆に天人を皆殺ししてしまい、その過程で晶がその力を受け継いでしまったという主人公の物語がいかに絡んでいくのかと想像してこの段階では傑作を確信していました。

8巻から13巻の中国・ドナー編とでも名付けるべき流れにおいては、晶が時期皇帝(正確には財閥の総帥だけど)「カグヤ姫」として求婚者に無理難題を吹っかけ、かつ同時に天人の力(地球人に対する憎悪、残虐性)が目覚めていく話が本編となりました。この段階でも「カグヤ姫」という観点から見れば本編は筋が通っているように思えます。ただ冷静に読み直してみると新たに付け加えられたドナーというSF設定が本編を激しく侵食しています(「死に至る病」であったとでも言いましょうか_| ̄|○)。つまり天人の生贄であったはずなのに同時に世界の主要人物のドナーであるというその説得力の問題です。初めは月に戻るために主要人物を乗っ取るよう差配していたという説明が試みられますが、それでは16歳で生贄になるという儀式の設定と矛盾を起こします。その矛盾を説明するためにドナーとしての適格性(年齢が上がると移植困難かつ秘密の保持が難しくなる)としますが、年齢が上がれば移植が困難になるという科学的考証がそもそも説得力を欠く上に、儀式をドナー始末のでっちあげとしてしまったため島に住んでいた天人の存在が宙に浮いてしまいました。月に帰るために生贄を捧げる儀式という設定が死んでは天人の存在意義も消失します。

14巻から19巻は各国の月の欠片を集める月の石編とでもいうべき展開となっています。14巻では一端空中分解しかかっていた本編を再編成しようと試みていますが新たな伏線の継ぎ接ぎに終わってしまいますます混迷の度を深めていきます。儀式→天人の存在に眼を瞑り新たに月の意思を導入しています。これは大きく本編の変更を伴いました。天人が月に帰るという目標から月が地球の束縛を離れるという目標への変更は、同時に晶が天人としてカグヤ姫の生まれ変わりである(と思わせていた)という設定を月の意思の体現者へと変更することを伴うからです。せっかくの月の石という設定も一体誰のための石なのか最後まで説明はありませんでした。結局のところ、天人が宙に浮いているため、整合的に納得しようとするならば「2001年宇宙の旅」のようにかつての宇宙人のモノリスを想像するしかないのですが、月自身の自由になりたいという意思とは相反することになります。

20巻から27巻はフジワラ編とでも言うべき最終章なんですが…。

フジワラというマユの父、晶の拾い主を敵として登場させることで話の流れをコントロールしようと試みるのですが、極限まで増えた主要人物にかつての登場人物までも再登場させた挙句、話の本筋のみならずキャラクターの性格までもが空回りを繰り返してもう何が何だか_| ̄|○

確かに敵を明確化してそれとの対決を話の主軸にすれば物語はさくさくと進むのですがそれまでの負の遺産が重過ぎました。そもそもフジワラについてカグヤ姫を地球に拘束し続けた天皇家につながると説明しますが、天人が月に帰るという儀式の意味はなかったことになっているうえ、月自体の意思を問うていたのにここで再び元に戻そうと試みると、今度は月が地球に向かってくる自殺の意味が分からなくなってしまう(←この点に関しては最終巻で別の彗星を登場させますが、すると晶が受信していた月の意思は何だったの_| ̄|○)。この点から引き出される教訓はファンタジー設定を中途半端な科学考証で説明しようとすると設定が死ぬという本末転倒な自体が生じるということでしょうか?

フジワラが晶や月に執着するその動機付けが全27巻もかけて単なる病的な執着心では説得力云々以前の問題です。そんなに執着していたのならばさっさと幼児の間に引き取っていれば済んだことです。

矛盾を説明するために持ち出した説明が新たな矛盾を呼び、その矛盾を埋めようとすると新たに穴が開いて最後何がこの作品を通して描きたかったのかが全く分からなくなってしまいました。最後のまとめ、エピローグはそれまでの26巻の蓄積と全く関係のないもので月を喪失した人類の進化を窺わせて終了。なんだか既視感がある終わり方という想いから同じ眼差しで「月の子」「竜の眠る星」の最後を読むと何だか悲しくなってきます。


もうひとつの欠陥は、主人公の性別、性格設定に関する問題です。

はじめは女性同士の恋愛を描きたかった(単行本柱より)から始まり、天女は女性としか交わらないという設定(4巻)を加えていました。しかし主人公の晶はカグヤ姫どころか天人ですらなく、終わってみれば単なる嫉妬深く、月の意思を受信していると妄想している電波系殺人狂というオチとなってしまいました。すると皆が晶に示した異常な執着心は何だったのでしょう?…容姿ですか?

恋愛対象もまゆ⇔由⇔ミラーと揺れ動き最終的には天人の由の元へと流れる心理展開に説得力が欠片もありません。由を晶と結ばせるべくヒーローとして特別扱いして天人としてしまった結果、晶が主人公たる資格のカグヤ姫という根拠を奪ってしまっては…ね。

ちなみにこれはこの作品に登場する他の人物に共通します。普通の恋愛を避けようとしたあげく結局王道+ホモに走りそれまで積み上げた性格設定を台無しにする…。ミラーはサットンと晶のどちらが好きだったの?まゆの気持ちは碧との交流を経てどこに辿りついたの?

伏線の重みに自ら崩れたようにしか思えません。断片断片でとらえると非常に面白い要素は数多く見出せます。それはカグヤ姫をモチーフにした人に対する憎悪、婚約者に対する無理難題のふっかけとか、ドナーが移植を受けた人間の意識をのっとるとか、同姓同士の病的な相互依存関係とか…ね。まさに過ぎたるは及ばざるがごとしってことで_| ̄|○

>『理性は突っ走るままに放っておかれると空虚の上にも充実の上にも無からも有からも立派に建物を建てていく』

                       モンテーニュ「エセー」

追記;「輝夜姫」感想つながりということでshi-kiさまが隠れオタクで生きる でまとめておられます。ぜひこちらもご覧下さい。


Comments
くろねこさん、はじめまして♪

ありがとうございます、細々と昔書いていたものにこうしてコメントいただけると本当に嬉しいです(…最近バランスがおかしなことになっていますが本当はこちらのほうが本分だったはずorz)。燃え尽き症候群ではないけれど、またこう虜にしてくれる珠玉の作品に出会えないかな…。
commented by 遊鬱◆jnhN514s
posted at 2007/06/12 00:43
はじめまして♪
本当に読み進めるたびにこんがらがる成り行きに
苦しみました~(笑)
今回遊鬱様の分析を読ませていただき霧が晴れた思いです!
ほんとに素晴らしいです。今後ともよろしくです♪
commented by くろねこ
posted at 2007/06/11 15:56
まいたんさん、はじめまして。

>ジャックとエレナ関係の作品は楽しんで読ませていただきました。

そうですね、まさにSFの王道たる珠玉の作品群だと思います。「輝夜姫」は連載途中(それも終わってみれば初期段階)で高く評価されたことで、逆に過剰なサービス精神か、編集の商売気からか知りませんがやりすぎてしまった感が否めなかったかも。そっと終わるまで見守られていたなら12~13巻程度の「月の子」と並ぶ代表作になっていたかもと今でもたまに夢想します。
commented by 遊鬱◆jnhN514s
posted at 2007/05/14 10:12
からたんさん、コメントありがとうございます。

2年経ったからどうとか全く気にしないでください!むしろ無駄に「量」綴っているものの何かがひっかかっていただけたら望外の幸せでございます。

>もう少しつじつまの合う作品

基本的に「輝夜姫」以外ならばどれでもお勧めできるのですが、とりあえず入手しやすいものという事で「秘密」「20XX」「月の子」あたりはいかがでしょうか?…とか書いていると無性に自分自身読み返したくなるんですよね、漫画発作がおきそうです(笑)
commented by 遊鬱◆jnhN514s
posted at 2007/05/14 10:06
からたんさんに一言。他ブログでも、「清水玲子の漫画には、細かいところの整合性がありません」、との批評があります。もう輝夜姫についてはこれ以上詮索できない、というか矛盾がありすぎて個々に挙げられない気がします。
ただ、自分は「ミルキーウェイ」「竜の眠る星」等のジャックとエレナ関係の作品は楽しんで読ませていただきました。ぜひご覧になってみてください。
commented by まいたん
posted at 2007/05/13 01:25
・・・今更ですが。

わたくし、最近、輝夜姫を読破した者です。
(清水作品は初めてです。)
最後のコメントから2年以上経っていますが・・・
コメントさせていただいても宜しいでしょうか?

皆さま地球の自転の角度が狂ったことに触れられていませんが、
夜がなくなってしまった英国に夜が来ていたり、
灼熱の砂漠になってしまったはずの英国で優雅にくつろぐまゆと春蘭やら不思議な最終巻でしたが、
自転軸は最新の科学で修正されていたのでしょうか?
まぁ、こんな程度の問題がかすむほどの展開で最終巻まで行き着いてしまっていましたが・・・。

ほかの清水作品は如何なのでしょう?
もう少しつじつまの合う作品があれば触れてみたいと思っています。
commented by からたん
posted at 2007/05/13 00:41
20巻で挫折組さんはじめまして、コメントありがとうございます、こちらこそ嬉しくさせていただきました。そんなに褒めて頂いてもお茶も出せませんが、これからも細々と続ける予定ですのでよろしくお願いします。
commented by 遊鬱
posted at 2005/08/29 20:38
20巻で挫折してしまいましたが、その後どうなっているんだろうなあと気になっていました。
21巻以降を買う気力はすっかり失せていますが、とりあえずラストだけは知りたくて、あちことさまよっているうちにことらのブログにたどり着きした。自分が挫折した理由を言葉にする能力をもちませんが、ブログを読んで、そうだそうだ、こういうことを私も思っていたんだよ~と、嬉しく(?)なってしまいました。素晴らしい分析力に脱帽です。
commented by 20巻で挫折組
posted at 2005/08/29 11:02