介護生活つづいています | fuyusunのfree time

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長唄などの邦楽をこよなく愛する看護師のfuyusunです。
ナースの仮面を脱いだ、fuyusunの日常を綴っています。

母が骨折して以来、半日勤務。家に帰って介護という毎日が続いている。

全く、母も年寄りそのもので、自分の都合の良いように何でも判断する。

時間の経過と共に患部の苦痛が軽減するので、ぜんぜん治っていないのに「治癒している」感覚が発生するのでしょう。

「寝ている時は、腓骨神経麻痺が怖いから装具は外していいですよ」という医師の指示。「外していいですよ」だけが独り歩きしてしまう。
確かに、装具を装着したままでトイレ等の動作は困難。早め早めに対応する事が大切で、普段通りに行動すると、思いがけない失敗を体験する。
排泄の行動での失敗は高齢者にとってかなり自尊心を傷つけるものである。この心の傷。健常者の私たちには大したことではない。自分だって同じ状況なら同じ失敗はある。が、高齢になると、そういう理解に及ばないようだ。「失敗」という事がかなりの自尊心の傷となってしまうようだ。たぶん、高齢の道のりは認知症との恐怖の戦いなのかも知れない。今までできていたことの失敗が、その恐怖を刺激して大いなる不安を呼ぶのだと思う。
何気にすごっく気持ちは分かるのだが・・・。
失敗しない行動計画の方向性が違う。
きちっと病識を持っていれば、装具を付けているので行動に時間がかかる。だから、早めに行動しようと考える。
が、病識の欠けている人は、普段の束縛する装具に対する苦痛もあるのでしょう。「この装具がなければ失敗しない」という心理になるのかな?!あろうことか、装具を外してトイレに行こうとする母の姿を発見してしまう。「寝ている時以外は装具を外しちゃダメといわれているでしょ」。発見回数が増すほど口調がきつくなる。
母には気の毒だが、失敗よりも患部の保護が何よりも大切。
神経質になりすぎて夢の中でも母に説教している。ついでに反発されて激怒している。根底に病識の薄い母への怒りと、母の怪我によって仕事がきちっとできなくて、他者(職場)に迷惑を掛けている罪悪感があるためにそういう夢を見るんだな。
いつものように「寝ている時以外は装具を外しちゃだめでしょ」で始まって、言う事を聞かないから「まったく、そんなんだから・・・!来週から普段通りの仕事をしなくちゃいけないのに・・・そんなんじゃ無理!安心して仕事にも行くことができない!」と、いつも心の中で止めている言葉を夢の中では吐いている。
そして、母が「私は大丈夫なのに、あなたの勝手で仕事を休んでいるだけじゃない」と反応する母に大激怒!こんな夢を数日見ている。
就寝後、夜中に母のトイレに行く行動にピリピリして中途覚醒。
何か、私の方が病気になりそうだ。
 
今日も家に帰ると、
椅子に座ってテレビを鑑賞している母がいた。ふと見ると装具を外していた。締め付けられている苦痛。。。分かるけれど、今はしていなければならない。
「今ちょっと外しただけ」と母は言う。
「まったく、急性期が過ぎて、腫れや痛みが軽減すると油断が出てきちゃうのよね。そういう時が一番危ないのに、なんで分からないの!本当に、完全に治るまで、ずっと腫れていて痛ければよいのにね。そうすれば、そういう事をしないでしょ」と言っちゃった私。
「そもそも油断したから転んで、まさかこんな大事になるとは思わなかった。だから細心の注意を払っている」とか殊勝な事を言っていたけれど・・・。
今だけで、、、
 
急性期が過ぎて、母も装具を付けての生活の仕方をある程度獲得している。。病識のない事が理由でしてはいけない事をしてしまっているが。。。
とっても心配だけれど、生活がありますからね。来週から通常勤務にもどします。
全治四週間。第一週目は順調。週初めに受診。そこで「順調」という言葉を期待する。