帰省にて
友人の結婚式のついでに、地元の旧友に会ってきた。
結婚してる子たちのほとんどは子持ち。
話題は保育園や子育てのことがほとんど。
不妊治療してる人の多くが通る道だけど、
そこで嫉妬するか喜べるかは人による。
私はというと、
保育園や子育ての話題には不思議と全然嫉妬しなかったけど、
ずっとDINKSだった夫婦の妊娠報告や、
2人目妊娠での産休報告は
やっぱりちょっと感じるところがあった。
うれしいけど、複雑な気持ち。
醜い感情に支配されたくないから、あまり深く考えないように、前だけ向くようにしようと思う。
私も彼女らに続きたい
初回採卵 培養途中経過
培養の経過確認の日。
とれた7個のうち、
M2期とM1期の計3個は
二分割まで進んでいた。
GV期の4個は、
1つは成熟卵になる可能性がわりとある、
1つは期待薄、
2つはダメ
とのことだった。
採卵当日、卵子の説明を受けたあと
主人「全部杯盤胞になったら、全部産もう!」
私「それだったら子供7人になっちゃうよ!」
主人「広い戸建に引っ越さなきゃね」
なんて笑い合ってたけど、これで最低でも二人はダメだったということ。
ちょっとだけさびしい気持ちになった。
まあそれでも、3個は今のところ順調に育ってくれているみたいだし、よしとしよう![]()
GV期の2つも、うまくいくといいな。
はじまりの話(結婚〜自然妊娠〜流産まで)
30歳で結婚。
しばらくは夫婦二人の生活を楽しみたくて、
あえて子どもを作らないように暮らしていました。
漠然と
「35歳までに一人目を産めればいいだろう」
と思ってた。
そんな生活が2年続き、年齢は32歳。
ある時ふと
「そろそろ子どもが欲しい」
と思うようになりました。
33で一人目、
35、6で二人目
体力のことを思うと何となくそれがちょうどいいかと考えたのと、
万一自分の体年齢が実年齢より老けてたら、不妊治療は早急に始めないとまずいと思ったため。
子作りを始めてすぐ、
妊娠しました。
「心配するほどのことはなかったね」
と安心したものです。
もともと主人は健康体(体力、精力とも)そのものだし、
私も昔から安産体型だと散々?言われ続けてきたので、
言うほど心配してなかったのかもしれません。
心拍の確認ができるのを心待ちにしていました。
...が、5週、6週、7週たっても心拍は確認できず、
妊娠発覚から2ヶ月後、稽留流産と診断され、流産手術となりました。