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自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

わたしが大学生の頃のことです。

 

AとBは2人とも、学校教員を目指して大学に入学しました。

Aが教員になることをやめると言ったとき

Bは物凄く怒ったんです。

「どうして諦めるの?初心を思い出してよ!」

その場にわたしはいませんでしたが、後からAに話を聞きました。

 

Aは悲しそうに言いました。

「わたしなりに考えて決めたんだけど、やっぱり初心を貫くのがいいのかな。」

わたしは言ったのです。

「経験と共に変化するのがあたりまえじゃない?

ゴールを固定しちゃうと窮屈な未来になっちゃう。」

 

 

こんなふうになりたい!

と思うならば

そうなった自分をイメージすること

と、よく言われますね。

 

それは、確かに大切なことです。

 

具体的にイメージしないで、ぼんやりしたままでは

今何をすればいいかが、わかりずらいですから。

 

なりたい自分を描くこと
理想を追い求めること
得たい結果をイメージすること
そのために努力すること

どれも
大切なことですね。

けれど


そこまでの道のりを決めてしまわないことも

同じくらい大切だし

目的地を固定してしまわないことも

やっぱり大切なんじゃないかなと

わたしは思うんです。

この道がいい

と、一度決めたとしても


変更しても構わないし
道草をくっても構わない。

歩いているうちに
目的地を変更したってOK。

「さてさて、どうなることやら」
などと、面白がってみてもいい。


未来はこれから出来上がっていくもの
いつだって、わからない。

 

イメージして見えている気になったとしても

本当にその通りなのかなんて、わからない。

 

だから

 

どんなタイミングでも

変更可能なんですよ。

 

 

 

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過去を振り返って

「あのときはどうかしてた」

と思うとき

 

人は

「あのとき」の「どうかしてた」自分を

否定していることが多いです。

 

そりゃあそうですね。

 

今は「あのとき」よりも

知識も経験も多くて

「あのとき」よりも

物事を冷静に捉えることができるから。

 

「どうかしてない」今の自分なら

あんな選択はしないのですから。

 

 

でもね

 

「どうかしてた」自分も

大切にできるといいなぁ

って、わたしは思うのです。

 

 

知識も経験も少なかったんだろう。

冷静さに欠けていたんだろう。

 

それでも

 

「どうかしてた」自分が

そのときの精一杯の自分だったのだから。

 

それに、こうも考えられます。

「どうかしてた」にも関わらず、なんとか生き抜いたんだなって。

 

「どうかしていない」自分だったら

もっと器用に、もっと適切に動けただろうけれど

「どうかしてた」んだから、そういうわけにはいかなかった。

それでも

どうにかこうにか生き抜いた。

だから、今ここにいるわけです。

 

ほらね?

「どうかしてた」自分にも

ありがとうって言ってあげてもいいですよね。

 

 

 

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昨日の記事の続きです。

 

「相手が望むようにしてくれないと物凄く腹がたってしまう」

という人の、怒りの原因はその人の中にある

と、昨日お伝えしました。

 

では、その原因は何なのか。

 

それは

その人自身が

「相手の望むようにする」ことを頑張ってきたからです。

 

代表的なのは

「親の望みを叶える」ということを必死でやってきたということ。

 

そうしなければ、親から愛されない、見捨てられるかもしれない

そんな危機感を、無意識のうちに持ってしまったため

生き抜く戦略として

「相手の望むようにする」ことを自分に強いてしまって

いつしか、それが自分にとって当然のこととなってしまった。

 

そうすると

わたしは「相手の望みを叶える」のが当然なのだから

相手が「わたしの望みを叶える」のは当然だ

という図式が現れます。

 

人は、当然のことをしない人に対しては腹がたつものです。

 

たとえば

挨拶するのが当然だと思っていると

挨拶しない人には腹がたちます。

挨拶しない人もいるよねとか、したくなときもあるよね

いつでもそれが当然なわけじゃないよねと思っていると、腹がたちません。

 

部下は黙って従うのが当然と思っていると

反対意見を言う部下に腹が立ちます。

上司・部下関係なく、意見を交換するものだと思っていると

腹がたちません。

 

 

「相手はわたしの望みがちゃんとわかっていて、望み通りにしてくれて当然だ」

と思っているから、物凄く腹がたつのです。

そして、その奥に潜んでいるのは

「わたしは相手の望みをちゃんとわかって、望みどおりにするべきだ」

という思い込みなんです。

 

ですから

望み通りにしない相手に物凄く腹がたったときは

その怒りを相手にぶつけるのは得策ではありません。

理不尽に責められた相手は傷つきますし、いずれ離れていくでしょう。

 

それよりも、ずっと頑張ってきた自分を労ってあげること。

「人の望み通りにしなければ、、ってずっと頑張ってきたんだね」

って、自分を労って癒してあげることです。

 

 

では、逆に

「望み通りにしてくれないなんて酷い!」

と責められたときには、どうすればいい?

 

そんなときは、受け取らないことです。

「腹がたつのは仕方ないけれど、わたしの責任ではありませんので。」

言葉にして伝えられたら、それにこしたことはありませんが

激怒している相手には、大抵そうはいきませんから

心の中で呟いて、そっと離れましょう。

 

そして

怒りを向けられ傷ついた自分の手当てをしてくださいね。

 

 

 

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身近な人に対して

「相手が望むようにしてくれないと物凄く腹がたってしまう」

という人に出会うことがあります。

 

「相手に期待しなければ腹はたたないんですけどね・・」

とため息をついたりしてね。

 

うーん。それはどうでしょうか。

 

「人に期待しなければ、相手の言動や反応がどうであっても腹がたたない」

というのは、よく耳にする言葉です。

けれども

それは、いささか極端な考えのように、わたしは思うのです。

 

期待外れは怒りに直結するものではないからです。

 

たとえば

誰かに喜んでほしくてプレゼントをしたとき

相手の笑顔を期待しますよね。

そんなとき、その「期待」は相手への思いでもあります。

 

ところが

相手はあまり喜ばなかったとしたら

がっかりしたり、悲しくなったりするのは当然のことです。

そこに思いがあったのだから。

 

ただし、それが「怒り」になるとは限りません。

 

身近になればなるほど

大切な人であればあるほど

「期待」して当然だし

相手が期待通りの反応をしなかったときは

がっかりしたり、悲しくなったりはするのもあたりまえ。

 

けれども、「物凄く腹が立つ」のは

自分の内から出てくる反応なんです。

言い換えれば

自分自身の中に原因が潜んでいるということ。

 

誤解のないように付け加えておきますが

それは、自分が悪いというのとは違いますよ。

原因があるのと善悪は無関係です。

 

 

自分自身の中に潜む原因については

長くなるので、また明日。

 

 

 

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来年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」で

ブレイク中の大和郡山市です。

 

郡山城は、秀長が城主を務めたことがあるからです。

(秀長は、郡山で亡くなっています)

 

そういうわけで

記念の御城印がいくつか発行されているのだけれど

5000枚限定のちょっといいのが発売されたとのこと。

 

御城印帳に御城印を集めている身としては

これはゲットしなければ!

 

手に入れました!

 

 

すごい!!

追手門の透かしが入ってます。

 

ここの追手門はしっかりしていて立派なので

時代劇の撮影によく使われます。

 

黒い台紙がついていました。

 

 

この台紙、裏に説明書きがあるので

御城印帳に貼ってしまうのはもったいない。

 

そういうわけで、こうなりました。

 

 

赤い折り紙を台紙にすると、感じよくなりました。

 

 

 

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