嫌われたくないという思いが強いと
ちょっとしたことで
「嫌われたんじゃないか?」と思ってしまう。
人を傷つけたくないという思いが強いと
何かにつけ
「傷つけちゃったんじゃないか?」と思ってしまう。
人の怒りへの恐怖が大きいと
事あるごとに
「怒らせたんじゃないか?」と思ってしまう。
それは
他者の気持ちの在り様を、自分の中に探してしまっているから。
自分の中の「嫌われたくない」を取り出して
相手が自分を嫌っていると思いこんだり
自分の中の「傷つけたくない」を取り出して
相手が自分のせいで傷ついたと勘違いしたり
自分の中の「怒りが怖い」を取り出して
相手が怒ってるんだと決めてしまったりしているんです。
自分の中に相手を探している。
言い換えれば
俯いて相手を見ないで、相手の気持ちを推し量っているということ。
なぜそうなってしまうのかというと
相手を見るのが怖いからなのだけれど
ここは、ちょっと勇気を出して顔をあげてみるといい。
相手を見るのが怖ければ、景色をぼんやり眺めるでも構いません。
自分の中に相手を探し続けるよりはずっといいから。
それで、ちょっと落ち着いたら
相手を見ることができるといい。
存外、笑っていたり
違うのにな・・って困り顔をしているかもしれません。
逆の立場だと
「わたしのこと、嫌いになったでしょ」とか
「ごめん、傷つけちゃったよね」とか
「怒ってる?」とか言われて
キョトンとすることもありますね。
「そんなことないよ」と伝えても
気を遣って言ってくれてるって、受け取られたりして
もう、どう言えばいいかわからない!
って、イライラしたことがある人は、結構いるのではないかしら。
イライラしてあたりまえなんです。
相手は自分を見ずに、勝手に決めつけているのだから。
そういうときは
「それは、あなたの中のわたしよね。」
と言ってみるのもいいかもしれないし
「そんなふうに思われたのなら、悲しい。」
と伝えるのもいいかもしれないし
どうやら、今はこちらを見る余裕はないらしいと
黙って距離をとるのもいいかもしれない。
「違うって言ってるのに!」という応答は
やめておいた方がいいかな。
「やっぱり、嫌ってるよね!」
「ほんとは、傷ついてるじゃん!」
「ほら、怒ってる!」
なんてことになりかねないので。
本当は、決めつけられてイライラしているだけなのだけれど。
自分のことを紐解くには
自分の内側へ目を向ける必要があるけれど
他者のことを考えるには
その相手に目を向けることが大事なんですね。
