昔、人にこんなことをいわれたことがある。

『悩んだときはね、3人の人に相談するの。

一人目は、自分が嫌いな人
二人目は、自分と考え方がぜんぜん違う人
三人目は、自分が知らない人』

これを聞いたときほんとうにぴんと来なかったのですが、数年たってことあるごとに


『ああ、なるほど』


と思うようになってきました。


三人目の『知らない人』というのは・・・
健全な生活をしていればなかなか難しいことなのですけどね。
例えばバーで知り合った人、とかさ、そういうの?とか思ってたんだけど・・・。

今や、メジャーになりました、『教えて!goo』


わたしはここの素晴らしい回答者であり愚かな質問者であり(笑)
まあつまりヘビーユーザーなわけです。

みのも●子です。


最近ではお礼ポイントもかなりあがり(*´ω`*)調子に乗っていますwwww
シリアスな恋愛や人生相談、笑える質問からくっだらない質問(友達にメールで聞けよ!って思うような)までたくさんあって、人間嫌いなくせに、『人間っておもしろいなあ~』と感心してしまうのです。

旦那のダイエット方法だとか、深夜の学生バイトどこがいいですかとか。
ハンバーグ生焼けで食べちゃいましたとか、日中ひとりでいる妻のためにいいペットは何かとかwwww

まあ一番笑ったのが・・・



『旦那がお尻をたたいてほしがります
それが嫌なので離婚を考えています。』



・・・・・・・・叩いてやれよ!( ;∀;)

まーわたしなら確実に離婚ですがね。



それはさておき、ここでは、先述いたしました『知らない人への相談』が可能になるわけです。
むしろ知らない人だから聞いてください、って気持ちになれるのかもしれません。
なんとも素敵な世の中ではありませんか。

ただしわたしのように弁当を食べながらてきとーにかちゃかちゃ打っている回答者もいるので(笑)回答を見極める目も持っていないといけません

要はね、悩みってさ。
人に相談するときってあるていど解決策が出ているわけですよ。

それが複数あったりうまくまとまらなかったり認めたくなかったりするから、人にジャッジを委ねるわけです。

だって回答してもらったときに

『そうだ!そうなのだ!』
『いいこといいますね・・・ありがとう』
『そか、そういう考え方もあるのだ』

って思う気持ちと

『見当はずれです』
『なんかむかつく』
『違うもん!』

って思うってことは、自分の中に言ってほしい回答とか用意できている回答があるような気がするのです。

自分の中のもやもやをクリアにするのはとても大切だと思います。
そのツールとして今やネットは必需品です。

インターネットがなかったとしてもいいかもしれない。
もっと傷つくことも増えたかもしれない。
もっと現実社会の人間関係が希薄になったと嘆くのも分からなくはない。

しかし、ネット上での出会いに救われた人もたくさんいるよー、と思うわけです。


で、今日自分もそのひとりなわけで・・・・・・・・・・。


やっぱりね・・・・・・いいもんですね、他人の喝とか親身な励ましって。
顔が見えない分正直な気もするし。



なので、悩んだときは、
嫌いな人にも合わない人にも相談できなくても
周りに誰も聞いてくれる人がいないときでも
『教えて!goo(またはOKweb)』に相談してみよーぜ♪(まわしものではない)


本日の一曲
amy

Amy winehouse/Back to Black

てか、このアルバムね・・・(あまりにも有名、か)
もう、この人大丈夫なのかしら。
アル中なのはいいから音楽だけは捨てないでほしいです、すごいシンガーだと思うもん。
なぜか早起き。

どうして子猫って朝起こすのかしらん。
猫も年をとるにつれ、怠惰でてきとーになっていくw

でもちょうどよかったのでご飯を炊いてゆっくりお弁当をつくる。

今日はハワイからみんなが帰ってくる日。
それに影響されたのか・・・今日は『ロコモコ丼』にしてみた。

rm


目玉焼きの下に自家製ハンバーグがあるの(*´ω`*)
なぜかロコモコなのに五穀米w

蒸し器は最近手放せない!
今日はズッキーニとブロッコリーとさつまいもを蒸す。

土からできた野菜を食べるともりもり元気になる気がするよ。

昨日話したこと。
ビールとワインと安い生ハムとサーモンとチーズで。

人の心は変わるもの。
だから仕方ない。
ひとごとだから?
ううん、いまのわたしにとってはぜんぜんひとごとじゃないよ。
はなれていくのね。
不安とかぜんぶ自分で選んで、それでもはなれていく、こころ。

わたし、あなたみたいなひと、正直好きじゃない。
とっても無責任だし、つめたいとおもってしまう。

それでも、応援しているよ。
自分で決めたことなら、後悔しても仕方ないよね。
でもやっぱりちょっぴりさびしいよ。



なんか最近日常は単調でありながらも様々なことが起こる。
こうした一連の関係もあって、大島弓子の『つるばらつるばら』がむしょうに読みたくなった。

恒例のお風呂タイムで。

『夏の夜の獏』でも泣きそうになったけど。
お目当ては『つるばらつるばら』

これは今でいうと『性同一障害』とかそういったたぐいの男の子の話なんだけど、大島さんの作品にはそういった重さとか社会性とかはいっさいないの。ちゃんとファンタジー。


tt


つるばらつるばら

継雄は小さい頃から前世の記憶を持っている。
『ねえ、おうち探しにいこうよ、お母さん』
細い道、バラの垣根、石段に木のドア、中には男の人がいて、そうしたらけっこんするんだっていう。
そこに行こうよ、とお母さんにせがむけど、母親はそんな家は知らない。
でも家探しごっこをしながら母と散歩をするのが好きだった。

スカートをはきたがり、ananを読み、中学にあがったときには同級生の男子に恋をする。
それが原因でいじめにあってしまい自らの死を試みる。
しかし、そこで前世の恋人に『死ぬな!たよ子!』といわれ、自分がたよ子であったことを思い出す。

そして高校にあがり、素敵な女友達ができた。
しかしそれはあくまで女の子としての友達で、一緒に雑貨屋さんを巡ったり、草原に寝転がったりする。
両親はまた、がっかりする。

東京の大学に行き、プラトニックな恋を続け、卒業して銀座の『大輪のバラ』という有名なゲイバーに就職する。
テレビに出演したりして、『たよ子よ!たよ子なのよ!気づいて!』とアピールするも手ごたえはない。

それから40年、整形を繰り返し、夢の家を探し続ける継雄。
上京した両親はずっと継雄を見守っている。
しかしいつまでたっても夢の家なんて見つからないのだ。

『ぼくにとってのたよ子って、なんだったんだろう』と、老化した体を預けた先の家には
バラの垣根と石段に木のドアがあるのだった。。。



わたしが書くと、どうも・・・。読んでみてください・・・。

ていうか、たよ子って(笑)・・・このネーミングセンス!

しかし、改めて読み返すと、この作品に隠されているメッセージとかそんな陳腐な表現したくないけど
感じたのは。

『愚直で、滑稽で、迷うことのない信念』

わたしに、ないもの。

プライドとか保身とか意地とか斜に構えることなんて、何か役に立つのだろうか。
わたしはずっとそういったものに縛られて生きてきたような気がする。

つまんないなあ、そんなの。


がんばってね。近くにいる時に気付かない事も本当多いから、大切なものはなくさないように、ちゃんと考えて~幸せにね


ありがとう。飾りのない言葉がじんじんしみるときだって、ある。




なんか今日もあほらしいニュースが世の中には満載ですが・・・


MOTHER2に出てくる実在するトンカツ屋に行ってみた

これは!!!
・・・てかそんなん出てきたっけか???


m2


なんか最近どーにもゲームする気が起きんくて・・・
やってないゲームたくさんあるのに~~~~~

MOTHER2やってみよっかなあ。
DS修理したのに一回も使ってないし・・・。

でも今日は豚の角煮を煮込む予定なのです・・・。
昨日豚バラブロックが安かった(破格!)ので・・・。

今日の一曲


k


鮮やかなさよなら 永遠のさよなら
追い求めたモチーフはどこ
幻にも会えず それでも探していた今日までの砂漠

約束の海まで ボロボロのスポーツカー
ひとりで行くクロールの午後
君の冷たい手を暖めた
あの日から手に入れた浮力

ささやく光 浴びて立つ
君を見た秋の日
さびしげな真昼の月と西風に
揺れて咲くコスモス

二度と帰れない

あの日のままの秋の空
君が生きてたなら
かすかな真昼の月と西風に
揺れて咲くコスモス

二度と帰れない

spitz/コスモス

s_j

ジャック・リベットの1978年の作品。

いや~、わたしとしたことが、すんごい映画を見落としていました・・・。
三時間という大作。その間に何回魔法やワンダーがあったのでしょうか。

これは女の子必見!必見!必見!な映画です。

フランスのファンタジーってこうでなくちゃ!


STORY

パリの公園のベンチでジュリー(ラブリエ)は魔術の本を読んでいる。
別のベンチには猫が。そこをセリーヌ(ベルト)が走り抜け、サングラスとスカーフを落とし、それをジュリーが拾って追いかけるが、追いつくと思うとまた離れ、追跡ごっこの様相を呈す。

この魅力的な開幕で、二人の主人公のいわく言い難い奇妙な結びつきは絶対のものだと思わせる手口は、黄金期のハリウッド映画のそれのようで、思わず引き込まれる。

そこから続く“不思議の国のアリス”にインスパイアされたという物語は、唐突に開始される二人の共同生活にしろ、彼らが互いに入れ替わってそれぞれの分身になる展開にしろ不条理極まりないのだが、多くが即興演出から導き出されたという描写の一つ一つが大変生き生きとして、見る者を困らせはせず快く惑わせる。

やがて、ある郊外の屋敷にひきつけられた二人は魔法のボンボンをなめ、そこで起こる少女毒殺に至る物語を幾度となく幻視する。妻に先立たれた男オリビエ(監督バルベ・シュローデル=バーベット・シュローダー)の娘マドリンが、彼の義姉カミーユと亡き妻の友人ソフィの彼をめぐる愛の葛藤の中殺される(妻の遺言で娘の成長するまで彼は再婚できないのだ)という--その結末を変えようと、二人はボンボンが切れ、偶然に調合した薬の力で夢の中に入り込み、セリーヌとジュリーで“二人で一人”の付き添い看護婦アンジェールとして、少女を助け出そうとするのだが……。



s_j2


ボンボンが切れたときに作り出す魔法の薬・・・はじめはただの(一応魔法の?w)水だったのに、素晴らしい過去の空気やらパセリやら入れ、火を焚くと、なんとも不思議なブルーベリー色のジュースになっている。

そんなバカなと思いながらも少女の頃に憧れた魔法ごっこを思い出させる素敵なワンシーンでした。

70年代のファッションやインテリアもとっても可愛くて、ほんとうに素敵な映画に出会えちゃいました!