カテゴライズ……
何かを分類することって、便利だったり楽しかったりしますね。
例えば
血液型による性格の分類とか
星座による占いとか。
動物占いは、めちゃ当たってたので、本当に楽しかった!
こういうのは、エンタメとして楽しめるから
楽しいカテゴライズですね。
………じゃあ
「病名のカテゴライズ」はどうでしょうか?
それって、診断をつけることでしょ?
その通りなんですが、
線維筋痛症・慢性疼痛においては
診断に囚われすぎないほうが良いと思います。
病気における、カテゴライズの役割
まず、一次性線維筋痛症の場合、
病名がつかないことが多いため
「線維筋痛症」という診断がつくと、安心します。
そして、治療方針が見えてくるので
自分の人生の計画が少し立てられるようになります。
このように「ひとまず病名がつく」
という意味では、とても重要です。
ここから、患者さんのメンタルによって
パターンが分かれていきます。
(先生が良いかにもよりますが)
①先生の言う通り、運動をするタイプ
②運動した方が良いのはわかるけど、できないタイプ
③はぁー!?どうでもいいから薬出してよ!タイプ
あたりでしょうか。
自分で言っておいてあれですけど
そもそも
③は、精神疾患こじらせ系の二次性線維筋痛症のため
このブログでは、除外です。
(精神疾患がおありでも、基礎疾患にも向き合って
客観的に痛みにも向き合えて、節度のある大人の方は
WELCOMEです。ともに治していきましょう![]()
)
一次性に限って言うと
多くが
①か②のどちらかになると思います。
慢性疼痛・一次性線維筋痛症で言えば
運動が必須になるので
良くなっていけるのは、基本
①でどんどん良くなっていけるか
②から運動の重要性に気づき①に合流しどんどん良くなる
の2パターンになると思います。
でも、①と見せかけて、良くなっていけないパターンもあったり
なかなか単純に分類できるものではありません。
病名の危険性
治療のために必要な、「病名」「診断」
というカテゴライズに潜む、危険性について考えてみました。
まず、自分の病名や症名について、基本的な知識をつける。
これは必要なことです。
でも、そこに囚われすぎると治りにくいと思います。
理由の大きなものの一つは、
「人間の身体は、自分が思ったとおりになる」
ということ。
線維筋痛症って
「検査結果に異常が出ないことが、検査結果として重要」
という、他の病気には無い、特殊な状態なだけに
これが如実に表れると思います。
どーゆーことかって言いますと
検査結果に異常があるほどに、身体が変化(悪化)してしまっていたら
それは医療の力が必要だったり
諦めが必要な部分もあるんですが
検査結果に異常が無いってことは
粘土のように、まだ、ギリギリ、どんな形にもなれる
ってことだと思うんです。
(そりゃ、大変です。治すことは)
その人がどう「慢性疼痛」「線維筋痛症」
を捉えているかってことは
その人に接するだけで、結構まるわかりなのです。
話す内容や身体の状態が、全てを物語っています。
アメブロで学んだこと
私は、治るために必死で毎日もがいている患者です。
そんな中
今、線維筋痛症(もち、一次性)に苦しむ方が
少しでも楽になれるような内容を発信しようと
拙いブログを書いてきました。
だから、他の方のブログは、基本読まない
というか、読む余裕など無い
というタイプです。
ですが
好き勝手につぶやき、時にぼやいているうちに
私の本音の部分に賛同してくださる方々が現れて
その方々と交流するうちに
狭い世界で生きてきた私の視野がぐーーんと広がりました。
(同じ病気、なんなら同じ病院の患者さんのことしか知らなかった)
線維筋痛症でも、違うタイプの方
違う病気だけど、痛みがある方
完治された方、社会復帰されている方
すでに患者の域を出て、その経験と知識で人を助ける側の方々
色んな方のことを知ることで
めちゃくちゃ勉強させていただきました!
検査結果に異常が見られない=難病 ではなく、チャンス!?
私は、リウマチ科で治療を受けました。
診断名は
脊椎関節炎+線維筋痛症
私の場合の脊椎関節炎は
「検査に異常が見られないけど、痛みがある
かつ
痛みの箇所が全身ではない」
という意味でした。
要は、線維筋痛症の
全身ではないバージョンみたいなもの、と私は考えているのですが
(本当はこの2つは、ちょっと違うんですが)
全身の疲労感が強いことと、
痛みを感じる圧痛点の箇所が多めということで
先生も悩んだ結果、線維筋痛症もつきました。
私は、先生の説明を聞いて
「まだ、検査結果に異常が見られないから、治しやすい!」
と、「今がチャンス!今でしょ!」とやる気になりました。
でもここで
悲劇のヒロイン汁が数滴心に落ちてしまって
「脊椎関節炎ってリウマチだよね……」
と、自分でリウマチ認定して、酔いしれてしまったら
また、変わっていたと思います。
多分、損しただろうと予想します。
(本当に炎症がある脊椎関節炎は別だと思います)
診断がついた時点では
血液検査の異常は当然見られなかったのですが
先生が注視していたのは、「炎症の数値」です。
炎症の数値が
一度だけ正常値の範囲で上がったことがありましたが
もし、正常値を超えて
炎症が見られるようになったら
「リウマチ」ってことになって
線維筋痛症じゃなくなるかもしれません。
線維筋痛症よりは、炎症がある分
状況は厳しかったのではないか、と考えています。
線維筋痛症よりハードモードでも、前向きな方々
私と違って、炎症がある方でも
運動をし、睡眠の質を高め(生活習慣の改善)
その他色々な分野の勉強もしっかりされて
社会復帰をされていることを知りました。
また、障害がおありの方でも
できる範囲で身体を動かし
社会復帰されていることを知りました。
線維筋痛症って
「検査結果に異常が無いのに、めちゃ痛い」
という、珍しい症状のため、ドラマに取り上げられたり
「特別感」があって「難病感」がありますが
検査結果にはっきり異常があったり
炎症がはっきり見られたりする病気のほうが
線維筋痛症よりも、病気としては、ハードモードである
と思うんですよね。
確かに、線維筋痛症・慢性疼痛も
かなりの地獄の日々であることは確かですが!!
そのような方が
患者としてやるべきことを、きっちりやられて
社会復帰してらっしゃることを教えていただけたのは
私にとって、大きなプラスでした。
その方がなさったことは
(全部を伺っている訳ではないので、知らないこともあると思いますが)
私が線維筋痛症や慢性疼痛の治療で指導されたことと
大きな違いは無いように思いました。
炎症があるお身体で、
きちんと運動やリハビリ、生活習慣の改善をして
治っていってる方が、いらっしゃるんです。
そう考えると
炎症がないであろう、線維筋痛症の方が
運動やリハビリにも取り組みやすいし、治しやすい
と考えてもいいと思います。
と、なると
「検査結果に異常が無い、慢性疼痛or一次性線維筋痛症」
という診断がついて
(ちゃんと、鑑別診断をした上で、ですよ!もちろん!)
先生から「運動してね」という指導があった時に
体調を見ながらになりますが
即!運動の習慣をつけ始めるのが賢い患者のあり方
だと思うんですよね。
まだ、どうにでもなるとも言えるので
(良くなるのも、悪くなるのも、自分次第)
廃用症候群のリスクを考えると、早く運動を!
運動を治療として使えるのには
タイムリミットがあると思います。
廃用症候群が進めば進むほど、治りにくくなりますから
先生から「運動してね」と言われているうちが華です。
「うっせー、黙って薬だけ出してりゃいいんじゃい!」
なんて言って、運動をしない患者さんは
論外と言わざるを得ないですよね。
イメージは、大きな差を生むかもしれません
……という訳で
私が線維筋痛症・慢性疼痛よりも
「治りにくい」と考えている病気の方ですら
運動や生活習慣の改善、様々な角度から勉強をなさって
症状を軽減させて、社会復帰をされたり
病気を抱えながらも、前向きなお気持ちで
日々前向きに生活されていらっしゃいます。
その一方で
私が「これは治るよ」と考えている病気を
「治らない」と考えている方は
あくまで私から見てですが
身体の状態が思わしくない、と感じます。
これはあくまで私という一人の人間の、主観ですので
その方々が悪いとか、そういう意味ではないです。
でも、そういう側面は確かにあると思います。
先ほど書いたように
「身体は、思っている(イメージ)通りになる」
のです。
医師から受けた説明で
「治らない」と言われて
「治らない」で思考が停止している人と
「治らない」と言われても
ベストを尽くしている人の差は
思いの外、大きなものになるような気がします。
特に、慢性疼痛の場合
「痛い」=「整形外科へ」
となりがちな、これまでの日本。
慢性疼痛の原因のほとんどが、筋肉であるにも関わらず
整形外科では、画像診断で骨のことしか見えないため
診断名がトンチンカンなことが多いです。
(もちろん整形外科は、骨折などにおいてはスペシャリストです!)
そのことに気づいて
行動を起こしてくださった先生がいて
沢山の先生が、その意見に賛同しました。
ですので
数十年前に比べて、
本質を理解している先生が増加し
ストレッチや運動をすすめてくださることも増えたようです。
でも、数十年前に
診断名の呪いにかかってしまった患者さんが
呪いから逃れられない、というパターンが多そうです。
↓診断名の呪いについて
私が思うに、診断名の呪いにかかりやすい&抜けられない人は
- 医学の知識を100%、全力で信じている(知識を披露するのが好きな人は更に強固に)
- プライドが高い
- 過去からの積み重ねがとても大事なタイプ、経験に基づき行動する
- 自分の非を認めるのが、人よりもキツい
- 完璧主義
あたりかな、と思います。
- 新しい考えを取り入れるよりも、過去と経験に生きている
- 生き方をなかなか変えられない
- 自分の非を認め考え方を変えることが、できない
- 医学を信じすぎ・知識が豊富な自分が好きなため、仮に医学にに穴があった場合に融通が利かない
という感じで、自分をなかなか変えられない上に
- 医学の知識を強固にインプットしすぎて、脳から身体にその通りの痛みを発生させてしまう
というのもあることと思います。
線維筋痛症や慢性疼痛で
「診断名の呪い」+「恐怖回避モデルで長期間動かない」
=「廃用症候群」+「車椅子」+「障害」
というパターン、実は非常に多いような気がしますが
このパターンは、
早期にちゃんと動く習慣をつけることによって
回避できるし、基本は、なる必要がないです。
ですから、
「線維筋痛症」+「障害者」
をセットでアピールしているのは、おかしいんですよ。
「線維筋痛症」で「障害者」をアイデンティティにするような生き方は
自分で「私は障害者」と不必要に脳内にインプットし
「障害者」に寄る生き方になりますので
個人的には、怖いことだと感じます。
一方、線維筋痛症・慢性疼痛よりも
難しい病気でも、前向きに進まれる方というのは
(痛み系の病気の話ですが)
- 病気の知識を学び、適度に付き合う(囚われすぎない)
- 症状を和らげるために、様々な角度から勉強・実践
- 病気を受容している(よって、メンタルも安定)
- 良くなるイメージを持っている
という印象があります。
勉強する内容は、西洋医学を初めとする
きちんと学問として確立されたものだと思います。
このように、身体へのアプローチ・各種勉強をコツコツ続け
状況に応じて、適切な判断ができる、ということは
聡明な方だからこそ、というのはあります。
聡明ではない私ですが、見習いたいと思っています。
ところで
スピ好きの方が多いですよね。
そのスピの考え方が良いものであれば
心の闇から抜け出す一助となる可能性はありますが
根本の治療にはならないと思います。
残念ながら、おかしなスピもアメブロには多いですし。
ましてや、怪しげな高額治療には、手を出す必要はないように感じます。
線維筋痛症は
確かに難治性ではありますが
治療法なのかよくわからないものに手を出す必要はなく
各種医学や科学に基づいたものの組み合わせで
症状を緩和させることが、可能だと思います。
「治らない」なんて、悩む必要がない人とは
「線維筋痛症は難病」
という、SNS上の情報を見て、絶望された方
「えっ、難病なの!?」と言いつつ
実はワクワクされた方
様々いらっしゃるでしょう。
運動を自主的にできない方にとっては
永久に難病であり、ある意味事実かもしれません。
ですが、運動を自主的にできる方は
「治らない」なんて、思う必要はないです。
「症状を完全に消す」ということを「完治」とするならば
それは、人間、無理ってなもんです。
だって、ちょっと身体の一部を酷使すれば痛くなって当然だし
沢山動けば、疲れます。
でも、症状を和らげることは、本当にできるんです。
重症度とか、本人の努力や工夫で
どの程度、和らげられるか、結果は変わりますけど…
カテゴライズは、これからどうするかという
指針を見つけるのには、必要なものです。
仮に
「治らないかも」という情報を
見聞きしたとしても
その後、どうするかで、運命が変わります。
病気の知識が豊富だと、自負している人ほど
皮肉にも、カテゴライズ、病名の罠にはまります。
もちろん、病気の知識を全くつけずに
病院で騒いで、わがままを言ったり
「わかってください!」と言うだけなのは、論外です。
病気の知識をつければいいの?
知識は気にしなくていいの?
どっちかはっきりしてよ!
と思った方もいらっしゃるかもしれません。
でも、そういうことじゃないんですよ。
一次性線維筋痛症もしくは慢性疼痛で
客観性があって、聡明な方なら
この絶妙なさじ加減、わかると思います✨️🥄
※私は他に疾患がない一次性の線維筋痛症でしたので
一次性の線維筋痛症の内容であることをご了承ください。
私が最も伝えたい
慢性疼痛の治癒の妨げになる椎間板ヘルニアの概念
(脊柱菅狭窄症などの、神経が圧迫されて痛い説も同様)
椎間板ヘルニアの体験記
