若い頃、モデルさんが好きだったんです。

 

身長170㎝以上あって、脚が長くて

めちゃスタイルが良くて…乙女のトキメキ

 

でも最近のモデルさんって

普通の身長で、そこそこスタイルが良い人が

多数活躍している印象です。

 

だから、モデルさんの数は増えていそうですよね。

 

 

実際、服を買おうと思った時に

モデルさんが着用していたら素敵ですが

 

「XLサイズで脚が10㎝短い人はどんな感じだろうw?」

 

と私は何度も感じたので

 

非日常を感じさせてくれるモデルさんは素敵ですが

 

一般の人に近い体型のモデルさんが増えれば

親しみやすいし

洋服の着用イメージがしやすい

というメリットがありますよね。

 

 

 

 

 

 

最近

 

線維筋痛症が親しみやすくなっちゃってる

気がします。

 

それは、聞いた話ですが

一部の医師が、

線維筋痛症の診断をすぐにつけている

らしいからです。

 

これはモデルさんのように

何かしらのメリットがあるのだろうか…。

 

 

ちょっと考えてみましたが

今のところ思いつきません。

 

 

病名がつくと、ホッとするっていうのはあるので

それだけかな。

 

 

 

 

私は古い患者ゆえ

病院が見つかりませんでしたが

 

見つかったならば

ある程度腕のある先生でした。

 

だって、

あの時代に線維筋痛症の診断をつけられるってことは

医師として、熱心

利益度外視で患者を救いたいっていう気持ちがあって

かつ優秀じゃなきゃやっていけなかったんじゃないか

と、思います。

 

 

そして、病院に行ったところで

線維筋痛症の診断がつくには、

厳しい除外診断がありました。

 

先生の目は厳しく

「うつ病をはじめとする

他の疾患が見つかった場合

絶対に線維筋痛症とは診断しない」

という強い意志が感じられました。

 

 

そして、病院は混んでますから

他の疾患がある人を診ている余裕はないですし

無駄に患者を

増やしている暇なんて無かったと思います。

 

 

看護師さんも増える患者さんを

どうさばいていくのかって、必死だったような。

診察時間は戦場だった…。

 

今なんて、もういい年の大人なのに

先生が〇〇してくれないと

甘ったれた過剰な要求を勝手に期待して

不満をブログに書いて同情を求める人がちらほら。

平和ですね。

 

 

 

 

私が診て頂いた先生に共通していたのが

 

とにかく

「圧痛点を念入りに押して調べる」

 

という、基本に忠実だったことです。

 

 

これでちゃんと線維筋痛症なのか

しっかりと見極めてくれていました。

 

そして、腕が確かでした。

 

 

 

 

実は昔、あまり痛みの自覚がなかった箇所が

結構悪いんじゃないかと指摘されていたんですが

 

あまり痛くないので、後回しになっていました。

 

それが、今になって

やっぱり悪かったことに気づきました。

 

 

 

こういうことがありますから

圧痛点を押して診断してくれる先生のところで

ちゃんと診てもらうことって

すごく大切なんだなぁ

 

と改めて、痛感しました。

 

 

 

 

そして、除外診断をちゃんとしてくれる先生だと

恐らくですが指導として最低限

 

「運動をしましょう。心も大切です。」

 

くらいのことを言ってくれていると思うんですが…。

(要は、自分で取り組む大切さを伝えてくれる

 

 

こういう先生に診てもらっても

なかなかできず他責思考から脱することができない方が

4~5割な気がしないこともないです。

 

 

 

 

 

それがですよ!

今は何と!

リモートで線維筋痛症の診断をする例があるとかで!

 

リモートで、線維筋痛症の診断をするってことは

診断を実際の症状より

大胆に?オーバーに?つけて

患者を救ってあげよう!ということなんでしょうか?

 

つまり、私が診てもらっていた先生とは

真逆なんですね。

 

良く言えば、患者を救っているのかもしれないけど

過剰に甘やかしているとも言えるかもしれません。

 

 

 

 

 

こういう事をするとどうなるかというと

(ふうこの想像)

 

他責&ナルシスト患者の大量生産

 

なんですね。

 

この界隈、よく見かけます…

っていうか、ほとんどがそうと言っても

大げさじゃない位。

 

 

 

 

精神疾患からの二次性線維筋痛症の方って

「〇〇病でも線維筋痛症の診断をつけてください!」

 

みたいに線維筋痛症の診断を

やたら欲しがる傾向にあるような気がするのですが

 

元々の疾患で既に治療をしているのに

更に別の診断を欲しがるということは

 

要は今の治療に不満だから

(今の治療で治すことができなかったから)

新たな薬が欲しいってことな気がするんです。

 

 

 

それはずばり他責。

いつまで経っても、何歳になっても他責。

 

「線維筋痛症になって〇年です。

今日も刺されてるみたいに痛いです。

いつになったら治りますか?

助けてください。」

 

お答えしましょう。

あなたの他責思考と悲劇のヒロインという

重大な病を治し

自主性を持って歩み出せば治るでしょうw

自覚は無いでしょうが、相当こじらせてますよw

 

 

 

 

話を戻し

 

精神疾患からの二次性線維筋痛症の方で

どこかのブログか何かから拾ってきたらしい

 

自分軸風味なことを書いてるんですが

 

性根が重度の他責思考なので

どんなに取り繕っても、

他責がダダ洩なんですね。

 

(それに気づいていない&ナルシスト&謎の上から発言

 

 

この手のタイプは

他責・わがまま・自己中を

「自主性」と勘違いしていますね。

 

 

 

残念ですけど

自主性を持ってできる人と

できない人がいるのは明確だと

このブログを始めて、はっきり認識しました。

 

 

(逆に精神疾患がおありでも

冷静さと自主性を持ってる方もいらっしゃるので

一次性二次性よりも自主性の有無で

診断を分けても良い位かとw)

 

 

 

 

そして、

線維筋痛症の診断をすぐにつける医師と、

他責思考患者の相性は良さそうなんで

このまま仲良くずるずる他責人生で行きそうですが

 

少し経つと患者側が薬を求めたはずなのに

薬の副作用が!医者が悪い!助けて!平等な医療を!

悲劇のヒロイン丸出し

ペイハラコースを辿るような…

 

(散々医療の力借りたのにね…)

 

そしてまた他の不治の病を求めて彷徨い

悲劇のヒロインアピールに邁進…

 

 

そんな未来が浮かびました……(;´Д`)コワイ

 

 

 

 

 

 

ハートのバルーン私が一番伝えたいことです。