大磯 邸園めぐり その1 旧安田善次郎邸 | 風遊花(ふうか)~古布とうさぎとお雛様~

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~作品展 ものつくりをする仲間達 ギャラリー ショップ~
  大好きなもの 日頃の様子を気ままにご紹介します。

大磯の観光協会主催 邸園巡りのツアー 応募者が多く 抽選に漏れ がっかりしていたところに 当選していた花月さんから インフルエンザにかかってしまったので 代わりに行きませんか~はてなマークと思ってもいなかった声をかけていただき 申し訳なさを感じながらも 代理にで参加させていただきました。

 

 

 

今回 是非とも行きたかったのが 旧安田善次郎邸。

ここは 先日もご紹介した実家の裏山に巨大な布袋さんを設置した安田善次郎さんのお宅です。

 

 

 

実は 旧安田善次郎邸は  実家から JRの線路を挟んで 徒歩5分。

子供の頃 この辺りを通って 同級生の家にもよく遊びに行ったのですが 線路の向こう側はお屋敷が多く 子どもが近寄って騒いではいけない地域と言われていたり 木々に囲まれた大きなお屋敷がどなたの物かも知らないまま過ごしていたので 近くを通っても覗き込むこともせずに過ごしてきた場所でした。

 

 

子供の頃から見慣れた 石垣に囲まれたお屋敷 旧安田善次郎邸は

 

 

 

現在 安田不動産の大磯寮として使われています。

 

 

 

敷地を進むと見えてくるのは 法隆寺聖霊院厨子の屋根の曲線を模して作った 唐破風平唐門

 

 

 

 

門から続く 塀の向こうに見えるのが 善次郎さんが 寿楽園という公園を作ろうと計画した王城山(おうぎさん)

ここの頂上付近に 布袋さんがいますが このほかに 邸宅からの登り口を行くと 他の七福神や 石仏などが点在しているそうです。

 

 

 

 

邸園内に置かれた 寿楽園碑

碑文には 《御かまえはもうさず 来たりたまえかし 日がな遊ぶ 客のまにまに》

《おかまえはしませんが お越しください お客さんの思うように1日ゆっくり遊んでください》

さすがセレブ様の太っ腹さは違いますね。

 

 

 

 

この寿楽園を作った安田善次郎氏は 天保9年(1838年)富山藩の足軽の家に生まれます。

20歳の時  奉公人として江戸に行き 25歳で独立し 乾物と両替商を商う 安田商店を創立。

その後 安田銀行(後の 富士銀行) 損保会社(現在の損保ジャパン日本興和) 生保会社(現在の明治安田生命) 東京建物(日本で最古の総合不動産会社)を創立 銀行王と呼ばれる王になり その後も電気事業や鉄道事業に多くの功績を残した実業家です。

現在 安田不動産の顧問 安田弘氏は 善次郎さんの曾孫にあたる方。

何よりも驚いたのは 二代目善次郎を襲名した 初代 善次郎さんの長男の曾孫は あのオノ・ヨーコさんだそうですショック!!!

 

 

 

 

庭園内に置かれているのは 明治35年 横浜電気鉄道会社設立時に 資金や経営面で多大な援助をした功績をたたえて贈られた 石造りの感謝状です。

 

 

 

平唐門を入ると すぐ左手にあるのが 奈良正倉院の高床式様式を模した校倉作りの経蔵

 

 

 

周囲の土塀と同じ 飾り瓦の紋は 安田家の紋・・・はてなマーク

 

 

 

蔵の鬼瓦

 

 

 

 

持仏堂

 

 

 

持仏堂の前にあるのは 奈良の神社の神灯として建立されたものを移築した 南北朝時代の石灯篭

 

 

 

持仏堂の格子状の扉は 軒から吊るして開ける構造です。

 

 

 

元々 持仏堂は 応接間として邸園の中央に作られたそうですが 大正10年(1921年)9月7日 国粋主義者の朝日平吾が知り合いの弁護士の名を名乗り 面会を希望、1度は断るも 4時間も居座られ 応接間に通した途端 ここで刺殺され 現在 この建物は 善次郎夫妻の供養をする御堂となっています。

刺殺された時に 外へ飛び出した善次郎氏は 建物のすぐ横にある 五輪塔の辺りでこと切れたという事でした。

この五輪塔には 善次郎夫妻が 分葬されているそうです。

 

 

 

庭園内にある十三重の塔は 備前の国から藤原成親の墓に合ったものを移築し 重要美術品に指定されています。

 

 

 

邸園の奥にあるのが 母屋茶室

 

 

 

 

 

茶室に続く門は 善次郎氏に頭を下げてくぐるようにと 背が低く作られています。

 

 

 

入母屋作りの茶室は にじり口と 貴賓口(障子がある方)の2つがある珍しい作りだそうです。

 

 

 

今回は 建物の中には入れず 邸園だけの見学になりましたが 観光協会では 茶室でお点前を楽しんだ後 母屋で食事を頂ける企画(リンクあり)や邸園に咲き誇るサツキを楽しんだり 秋には観月会なども行われています。

普段は 安田不動産の保養所として使われているため 自由に見学できないので 観光協会の見学イベントを利用して 是非 明治の事業家の邸宅を訪ねてみてください。

 

それにしても 実家のある周辺は 何処にでもある普通の住宅街 それが 線路を1本超えた所に こんな贅沢な豪邸があったなんて・・・!!

地元民は それなりに お屋敷の名前程度は知っていても 私有地であり 制限付きで一般に公開されるようになったのは ごく最近の事なので 見学したことがある人は ほとんどいなかったと思います。

線路一本が まるで結界の様に感じられた 見学ツアーになりましたにひひ

 

花月さん 知らなかった実家周辺の不思議を謎解きできて 感謝しています。

ありがとうございました。