退屈な毎日を死んだように生きる現代人 | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

少し前まで、菅田将暉が出演している

こんなUSJのCMが流れていた。


インタビュアー

「それって、ゾンビの仮装ですか?」


菅田将暉

「いえ、退屈な毎日を死んだように生きるただの現代人です」


この後、菅田将暉、踊りながら、

「マジ今、生きてる」

と絶叫。


このCMをはじめて観た時、私は、こう感じた。


「現代人の多くが抱えている問題を、

ユーモアを交えながら描きつつ、

突かれると痛いところをチクリと刺している点で、

秀逸なCMだな」と…


ここまでは、かつて広告業界で

コピーライターとして働いていた

私の観点から見た感想。


そして、ここからは、

おそらくこのCMのコンセプト(概念)の

元ネタであろうと考えられる

「哲学的ゾンビ」について、紹介したい。


まず、哲学的ゾンビとは、

「心の哲学」の分野で、

オーストラリアの哲学者

デイヴィット・チャーマーズが

思考実験によって明らかにした概念で、

Wikipediaでは、このように定義されている。


物理的反応としては、

普通の人間と全く同じであるが、

我々の意識にのぼってくる感覚意識や

それにともなう経験(クオリア)を

全く持っていない存在。


では、これが私たちに

どう関係しているのかというと、

生きていながら哲学ゾンビの状態に近づくと

一年が過ぎ去るのが年々速くなり、

気づいたら

「今年ももう10月か〜」という

感じになる。


まるで時間が早送りされたような

この時間感覚はどのようにして

生み出されるのだろう?


私たち人間は、心の安定をもたらす

一定の生活パターンを望みながら、

それでいて、パターン(安定)からの逸脱を

望んでいる。


なぜなら、日々、

同じような道を往復し、

知っている人とばかりおしゃべりし、

いつも通りの日常が繰り返されると

人生から「新鮮さ」が失われ、

意識が薄ぼんやりしてくるからだ。


自分の人生に何が欠けているのか、

よくわからないのだけど、

なんとなく退屈。


だから、退屈の気晴らしになる

何かが欲しい。


そう感じていると、企業はCMを通して、

こうささやいてくる。


「ここに来れば(これを手に入れれば)、

こんなに楽しくなるよ」


そして、なんとなく退屈な私は、

それを買う。


しかし、しばらくするとまた、

なんとなく退屈な毎日に逆戻りしてしまう。


この

なんとなく退屈→消費による気晴らし→

なんとなく退屈→消費による気晴らし…

の終わりなき循環から

抜け出る方法はあるのだろうか?


私たち人間は、心の安定を求めながら、

その一方で未知の体験を欲している。


ならば、企業から

「今、楽しいのは、これですよ」と

提案されるがままに

モノやサービスを消費するのではなく、

日々の生活にうるおいをもたらしてくれる

「楽しさ」「おいしさ」を

自ら味わえる人になればいい。


たとえば、私の場合、

近所のギャラリーに行って、

日本画を眺めていると、

鑑賞している「私」と鑑賞されている「絵」との

区別がなくなり、

ただただ絵に見惚れている状態になる。


これを禅では、主体と客体が

分かれていないという意味で、

「主客未分」という。


主体と客体が分離した主客二元論の世界においては、

「見る私がここにいるから、向こうに絵が見える」

という因果律が成り立っているが、

主客未分の世界には、時間がなく、

それゆえ因果律もなく、

心理学者のユングがいうところの

共時性(シンクロニシティ)のみとなる。


ユングはこのことを「集合的無意識」と

表現しているが、

この「無意識」という言葉から、多くの人は、

「意識が表層で、無意識が深層にある」

という二段構えの二元論にとらわれてしまい、

主客未分の世界を体験できないままとなる。


普通、「意識」というと、

頭蓋骨の中の脳に現れているもの、

と解釈されているが、

この構図にハマると、「意識」の外、

つまり頭蓋骨の外側に「世界」が存在している、

という「意識/世界」「心/物」という

二元論に閉じ込められたままとなる。


意識と世界は別々に存在し得ない。


このことを体験を通して実感できたなら、

意識に、経験としてのクオリア(質感)が

直接生じていることがわかり、

哲学的ゾンビは、消滅する。


お知らせ

主客未分の意識状態(ユングの集合的無意識)が

脳の内部におさまっていないことがわかると、

「楽しいことをやるから、楽しくなる」という

因果律の世界では経験できない、

無時間の共時性(シンクロニシティ)による

出来事に日々、驚きながら

生きられるようになります。


ご興味のある方は、矢沢大輔の

ノンデュアリティ ・プライベートセッション

もしくは、

11月24日開催の下記の講座にご参加ください。
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