50-50の快挙から見えてくるもの | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

9月20日、ホームラン3連発で、大谷翔平選手は、これまでメジャーリーガーの誰もなし得なかった51本塁打51盗塁の大記録を達成した。



大谷選手は、なぜ今年、このような快挙を成し得たのか?


それを考えてみることは、

人生における最大の喜び=「至福」とは何なのか?

「自由」とは何なのか?

を探るための、またとない機会となるだろう。


そこで、今日は、大谷選手の快挙から見出せることを探索していきたいと思う。


まず、昨年の9月に大谷選手は右肘の手術を受けたので、今シーズンはピッチャーとバッターの二刀流が不可能となり、それは大谷選手からすれば、ピッチャーとしてのパフォーマンスを発揮できないというより制約された条件のもとでプレイしなくてはならない年になったと言えるだろう。


また、今シーズンの開幕のタイミングに合わせるかのように、24億円もの大金を銀行詐欺によって騙し取られていたことが発覚し、普通に考えれば、精神面においても相当なダメージを受けて、シーズンの開幕を迎えた年でもあったと言えるだろう。


身体と精神の両面において、これまで経験したこともない厳しい状況におかれながらも、大谷選手は、そのような苦難があったことをまったく忘れさせるかのように、今年も、多くの野球ファンを魅了し、あっけなく50-50の大記録を打ち立ててしまったのだ。


多くの人は、大谷選手のその活躍ぶりを見て、

「マンガみたいだ」

「いやいや、マンガにもならないほど話がうまく展開してすぎている」と感じている。


それほど、大谷選手の活躍は、私たち人間の想像をはるかに超えてしまっているのだ。


しかし、ここで、現実に起きた事実について、もう一度、振り返り、確認しておこう。


なぜ、大谷選手は今年50ー50を達成できたのか?


それは、昨年まで、ピッチャーとし使っていたエネルギーを、今年は、走塁に使えるようになったからだ。


右肘の手術により、「打つ」「投げる」の二刀流が不可能となり、それに代わって、「打つ」「走る」の二刀流にに専念できる機会が訪れたことで、大谷選手は、昨年までとは異なる分野において、新たな二刀流の記録を打ち立てるられるようになったわけだ。


そして、大金を騙し取られたことについても、「取られたお金が返って来るのだろうか?」「返って来なかったらどうしよう」というぐるぐる思考に巻き込まれることなく、大谷選手は、今年も野球のプレイに集中できていた。


では、なぜ、こんなことが可能となったのか?


それは、自らの活動能力を十分に発揮しているとき、人は「至福」にいたれることを、何より大谷選手自身が知っているからだろう、と私には思える。


また、自由とは、一般的には「なんの制約もなくなる状態のことだ」と考えられているが、限られた制約の中において、自己の活動能力を能動的に表現していく行為こそが「自由」であり、「善」であることを、大谷選手は知っていた。


だからこそ、制約の中においても、存分に自らの活動能力を発揮しきれたのではないか、と私には思える。


大谷選手は、高校時代に、原因と結果とが一対一で連結している線形思考ではなく、現実の世界のあり方が多元的な原因によってもたらされていることを一望できる曼荼羅の構図にふれ、それ以来、曼荼羅の世界観を見据えながら、他者を含めた自己の人生を豊かなものにしてきたのではなかろうか。


だからこそ、一般的には、逆境と思えるような状況(制約のもと)に置かれようとも、自らの活動能力を能動的に表現できることに、最高の喜び(至福)を感じ、自由を体現しているように、私には見える。


お知らせ

10月20日(日)から、『生きている「おいしさ」を味わう生き方』と題して、オンライン(zoom)の講話会を始めます。


今日のブログでも触れましたが、私たち人間は、自己の活動能力の増大を実感できているとき、生きている喜び(至福)と「自由」を感じることができます。


そして、重要なことは、何に触れていると、自分の活動能力が増大し、その逆に何に触れていると、活動能力が低下してしまうか、それは一人一人与えられた力の性質によって異なります。


生きている「おいしさ」を味わいながら生きるには、それを自分自身で知ることが、何よりも大切なことだと、私は今、思っていて、10月から、毎月一回のベースで、あなたに備わっている力の性質があなた自身で理解できるようになるよう、話をしていきたいと考えています。


自分の力の性質を理解し、等身大の自分で生きている「おいしさ」を味わう生き方をしてみたいと思われた方は、一度、この講話会にご参加ください。