「非二元(ノンデュアリティ )=二つがない」とは、そもそもどういうことなのか?
それを知るには、「考え」を通して理解しようとしても絶対にわかりようがないけれど、「ダイレクトパス」であれば、誰でも直ちに触れられることを話してから、手元にあったマジックペンや扇子を使って、「二つがない経験」をしてもらった。
また、日常生活と離れたどこか別の場所に、自分が求めてきた本当の何かが隠されているわけではなく、日常の真っ只中に本物(真実)があらわになっていること(これを「公然の秘密」と言ったりもする)。
でも、なぜ、それが見えなくなるのか?聞こえなくなるのか?
その答えとして、講座が始まる直前に、私の母が発した一言を例に挙げ、いかに多くの人が、「現実」を見ているつもりでいて、実はまったく見ていない事実についても明らかにしておいた。
そして、昨日の夕方、京都出身の父母と私の3人で、TBSの「世界遺産」を観ている時に、面白いことが起きた。
京都の禅寺「龍安寺」の石庭が映し出された時、父がこう言ったのだ。
「俺には、この庭に置かれた岩を見ても、それが何を意味しているのか、さっぱりわからない。それがわからないから、この庭の何がいいのかもわからない」
父は、世界遺産に認められた庭の良さをわかろうと努力していた。
でも、中国の禅師(慧能、馬祖、臨済禅師など)や中国で禅を学んだ道元が伝えようとしていたことは、頭で考えてわかるような複雑な話ではない。
だから、今日、父にも、昨日、非二元入門で話したようなことを折りを見て話してみようと思う。
お知らせ
新型コロナウイルスの陽性者が増えてきたため、非二元(ノンデュアリティ )プライベートセッションは、当面の間、オンライン又は電話でのみ対応させていただきます。
