幸福に関する錯覚 | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

インドのヴェーダーンタ学派(非二元・ノンデュアリティを説いた主流学派)では、存在しているのは、サット・チット・アーナンダだと説いている。

「サット」とは、日本語で言うと「存在」で、目の前にあるものは常に変わり続けるけれど、いつでもここに「私がいる=存在している」感覚が確かにあることを語っている。

「チット」とは、「意識」のことで、見えているもの、聞こえている音だけでなく、考えていることや感情などにも気づいている「意識・気づき」のことを指している。

「アーナンダ」とは「至福」のこと。

そして、重要なのは、サット・チット・アーナンダの3つは、それぞれ別々に存在しているのではなく、同じ一つの「存在」の異なる側面であることが語られている。

つまり、「自分の存在」を認識できているなら、同時に「至福」を感じていることになる。

でも、多くの人は、自分の存在を認識できているにもかかわらず、至福を感じるどころか、常にイライラしていたり、自分の人生について思い悩んでいたりする。

サット・チット・アーナンダは一つのものであるはずなのに、なぜ、サットとチットを認識できていても、アーナンダ(至福)を感じられないのか?

その理由は単純で、自分ではないものを自分だと錯覚し続けているからだ。

これは一種の催眠であり、至福を感じられない多くの人は、自分が催眠術にかかり、「自分ではないものを自分だ」と思い込んでいることに、気がついていない。

「あなたは、鶏だ」という催眠術にかかった人が、催眠にかかっている間は、鶏だと思い込み、自分が人間であることにまったく気づけないように。

また、既に催眠状態にある人は、「私はいない」というサット(存在)を否定するような言葉を、疑うことなく鵜呑みにしてしまい、催眠術師の言いなりになっていることにも気づけない。

では、どうすれば、至福を感じられるようになるのか?

催眠から目覚めれば、その場で、ありもしない幻想は消え、現実に戻れる。

催眠にかかっている間、私には何かが足りなくて(たとえば、お金、学歴、職歴、賞罰、賞賛、自信、パートナー、フォロワーなど)、それが手に入れば私は幸せになれると信じ、必死に努力してきたけれど、その催眠から目覚めれば、これまでに努力してきたことが、どれほど無益なものであったかがわかるようになる。

催眠にかかっている間は、何かがプラスされれば、自分は幸せになれると思い込んでしまっているけれど、真実はその逆で、自分ではないものを自分だと勘違いしてしまっているその誤信、錯覚が脱落すると、サット・チット・アーナンダだけが存在していることが認識できるようになる。

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