ドラッグの常習者(ジャンキー)は、一時的な快楽を求めて、ドラッグを買い続ける。
ドラッグからもたらされる快楽(興奮)は一時的なものなので、快楽が消え去ると、ジャンキーは物足りなさ(欠乏)を感じ、再びドラッグに手を伸ばすことになる。
この繰り返しが、中毒(依存症)のメカニズムだ。
そして、ジャンキーの何人かは、次のドラッグを買うための資金を手っ取り早く稼ぐために、自らドラッグの売人になったりする。
スピリチュアル・ジャンキーと呼ばれる人たちもこれと同じで、特定のスピリチュアルな教え(ストーリー)にハマり込み、そのストーリーに没入することを繰り返す。
お気に入りのストーリーに浸っているうちは、気分が良くなるのだが、どんな気分も一時的なものなので、気分が悪くなると、再び、気分を良くしてくれるストーリーを求めて、いつもの教祖のもとに赴くようになる。
また、その教えの効力を感じられなくなれば、また別の教え(ストーリー)を求めて方々を渡り歩くことになる。
ハマっているものがドラッグであれ、アルコールであれ、ギャンブルであれ、スピリチュアルであれ、ジャンキーが求めているのは、いずれも一時的な快楽で、その快楽は特定の対象物(ドラッグ、アルコール、一獲千金、スピリチュアル)を得たときにしかもたらされない。
それゆえ中毒となるのだが、この常習性は、個人のコントロールを超えて起こる。
だから、個人の意思で、依存症から抜け出そうとしても、なかなか抜け出せない。
(ドラッグの所持で何度も逮捕される芸能人を見て、「なんて意思の弱い人間なんだ」と非難したところで、本人の意思ではどうにもコントロールできない)
しかし、私たちが本当に求めているのは、特定の何かからもたらされる一時的な快楽ではなく、「何かを得なければ満たされない」という制限的な思い込みからの「解放」であることに気づけたなら、特定の何かに執着するマインドの動きは自然にゆるみだし、中毒からの解放は起こり得る。
お知らせ
来年1月、京都のカフェで「人間関係」の対立を生み出す投影のメカニズムについて話しますが、2月か3月には東京でも同じ内容を話そうと思っています。
日程が決まり次第、また、このブログで報告します。
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