来年1月から、京都の町屋カフェ「FUDAN」さんの2階の和室で、「喫茶禅」を始めます。
喫茶しながら「禅」の話を聞ける会なので、「喫茶禅」と名付けました。
先月、同じカフェで開いた非二元入門でもお話ししたのですが、「禅」と「非二元」は、同じ存在を指し示しています。
「禅」は文字通り、「単」を指し「示し」ている言葉です。
「非二元」も文字通り、「二つ」がないこと、つまり「単一性」を指し示した言葉です。
「何が単一なのか」というと、ライフ(生命)が単一だということです。
一つのライフがあるだけ。
この単純さを指し示しているのが、「禅」であり、「非二元」です。
この単純さを認識しているなら、一つのライフ以外に存在しているものは何もなく、ライフはスムーズに展開します。
「日日是好日」となります。
しかし、一つのライフの展開に対して、「こんな展開は気に食わない」とライフに抵抗する私(エゴ)が出てきたなら、「ライフ」と「ライフに抵抗する私」の二つが別々に存在することになるので、人生がギクシャクしはじめます。
ライフとの一体感(一致感)があれば、ライフだけになるので、人生はスムーズに流れますし、ライフとの不一致が起こっているなら、人生は苦難の連続となる。
この単純さを示しているのが、「禅」であり、「非二元」です。
禅は、禅寺で行われるもの。
そんな思い込みがあるなら、ライフのシンプルさ(単純さ)は、禅寺の中だけに閉じ込められて(限定されて)しまいます。
日常のすべてが「禅」「ワンライフ」。
それに気づける集いとなることを願い、来年1月から、京都でも、度々、禅について語ってみようと思っています。
日時、詳細は下記よりご確認ください。
