インドの古い経典の中に、錬金術について記されたものがある。
ゴールドは、指輪にもなれば、ネックレスにもなれば、ブレスレットにもなる。
ゴールドの形が変わると、名前が変わる。
指輪と名づけられたり、ネックレスと名づけられたり、ブレスレットと名づけられたりする。
形によって呼ばれる名前は変わるけど、すべてゴールドであることに変わりはない。
すべてはゴールドからできている。
いろんなもの(形)があるように見えるけど、存在しているのは、ゴールドだけ。
ゴールドが、いろんな形になって現れている。
これが、錬金術。
インド古代の非二元(ノンデュアリティ)の教え。
肝心なのは、ここでゴールドにたてえられているものは何なのか?
アドヴァイタのグルなら、「意識」というだろう。
仏教の禅師なら、「空」というだろう。
そして、ゴールドではなく、紙幣や電子マネーが行き交うようになった現代社会を見ている私なら、迷うことなく「歓び」という。
でも、多くの日本人は、錬金術の非二元性に気づかず、金銭を追い求め、苦しい思いばかりしている。
お知らせ
来週末開催の「ウェイクフルネス」はおかげさまで満席となりました。
次回は、9月23日(祝)に開催します。
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