私のブログを読み、ピンとくるものを感じて、セッションを受けに来てくれた。
彼女の要望は「非二元の感覚を直接体験したい」ということで、ちょうど目の前に水の入ったグラスがあったので、グラスを使って数えられる物質が本当に存在しているかを確かめていった。
順を追って、実際に何が存在しているのかを調べていくと、グラスは存在しているように見えるけれど、物質ではないことが明らかになった。
「これが、色即是空ね」
そう伝えて、般若心経で語られているのは、信じなければならないものではなく、真実であることをまず認識してもらった。
しかし、「ある」と思っていた物が実は「存在していなかった」、「いる」と思っていた自分が実は「いなかった」という認識の変化は、「あるか、ないか」の二元性の片方に偏った極論であり、これは非二元ではない。
般若心経でいうなら、「私はいなかった」という認識は、「色即是空」にあたる部分だが、般若心経は、この言葉で終わっているわけではない。
しかし、「色即是空」を最終到達点、結論ととらえ、これを新たな信念としてしまったなら、「生きていることに何の意味もない」「起きていることがただ起きているだけ」という虚無感、ニヒリズムに陥り、鬱になってしまう可能性さえある。
そこで、仏陀が悟り、伝えようとしたのは、まったくそのような「無」に偏った極論ではないこと。
色即是空の後に続く言葉に、固定観念にしばられることなく現れでる「自然(じねん)」の豊かさ、素晴らしさが解かれていることをお伝えした。
そして最後に、テクノロジーやAIの進化によって、便利な世の中になるほど人間の苦悩が増す皮肉さを語り、日々、どのように過ごせば、幸せを感じながら生きられるかをお伝えし、セッションを終えた。
お知らせ
4月開催のウェイクフルネスでは、般若心経で語られている内容を掘り下げ、悟りとは何を悟ることなのかを体験いただこうと思っています。
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