お金は、人生において欠かせないものに見えます。
お金がなくては買い物ができません。
お金がないと食べ物も買えませんから、そうなると自給自足の生活をしなくてはいけないように思えます。
だから、多くの人は、絶えずお金の心配をしながら生きています。
どうすれば、一生暮らせるだけのお金を獲得できるかを考えてばかりいます。
でも、本当に私たちが求めているのは、お金ではありません。
お金によって手に入るモノやコトでもありません。
私たちが本当に求めているのは、モノやコトによって得られると信じている存続のための安心感と幸福感です。
ところが皮肉にも、お金をどれだけ獲得してモノやコトを手に入れ続けても、私たちが感じられる安心感、幸福感は、束の間のうちに消えてしまい、再び不安感、欠乏感にさいなまれます。
そして、また、安心感、幸福感を求めて、新しいモノやコトを得るためにお金を獲得することに邁進することになります。
お金→モノ・コト→安心感・幸福感→不安感・欠乏感→お金→モノ・コト……
安心感・幸福感を得ては消えてしまう、この終わりのない悪循環に、はまりこんでしまっているわけです。
ここで私が伝えたいのは、「お金は人を惑わすものだから悪いものだ」と言ってるのではありません。
「束の間の安心感・幸福感しか与えてくれないモノやコトが問題だ」と言っているのでもありません。
私たちが安心感・幸福感を求めるには、安心・幸福がどこかに存在していることを知っていなければなりません。
なぜなら、知らないものを追い求めようがないからです。
では、なぜ、私たちは安心、幸福を知っているのでしょうか?
それは、本当の自分が、安心・幸福そのものだからです。
では、安心・幸福そのものである自己が、なぜ、安心・幸福を求めなくてはならないのでしょうか?
それは、本当の自分を見失い、自分ではないもの、たとえば、寿命という限界がある体や、揺れ動き続ける心の状態を自分だと思い込み、その不完全さ、不安定さに耐えきれなくなっているからです。
しかし、本当の自分ではないものを自分だと思い込んでいるこの勘違いが解ければ、本当の自分が平和・幸福・愛そのものであったことが明らかになります。
そうなると、安心・幸福を、お金やモノを通じて求める必要がなくなります。
お金がなくては大変なことになると思い込んでいた深刻さから解放され、真実が見え始めます。
一生分暮らせるお金を頑張って得た結果として自由がもたらされるのではなく、本当の自分の制限のなさ、自由さを認識できるようになります。
そして、肉体も、お金も、あらゆるモノも、個別に存在している物質ではなく、自らの自発的な表現として見えるようになります。
お知らせ
自分のことを体だと信じているなら、宇宙はそれに応じます。
自分とは平和・幸福・愛そのものだとわかっているなら、宇宙はそれに応じます。
自分のことを何だと思っているか?
その通りに世界は現れます。
非二元に興味のある方は、3月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスか、プライベートセッションをお受けください。