昔の私は、とても恥ずかしがり屋でした。
でも、今はそれを克服して、人前で堂々としゃべれる私になれました。
これがマインドが思い描いている「理想のストーリー」。
「成長のストーリー」。
「青虫だった私が、今や蝶になり、私は自由に羽ばたいている」
マインドは、そう思い込んでいる。
(実際、青虫は、努力したから蝶になったわけではないのに。それは生の神秘そのものなのに)
そして、マインドはこう叫ぶ。
「見て見て、みんな私を見て」
「私が経験した特別な経験を聞いて」
「こうして私は、自分を変えることができた。
あなたも、私と同じように考え方を変えれば、行動を変えれば、私のように羽ばたけるようになる!」
「私は特別な存在になれたけど、あなたはまだ不完全。
私こそ、あなたを助けられる特別な存在」
このようにしてマインドは、「私」と「あなた」を別々のものに切り離し、自分を特別なものにしたがっている。
マインドは、「私はいない」という非二元(ノンデュアリティ)のメッセージを聞いたなら、それを最新のマントラのように唱え、私がいない新しい自分をつくりだそうとする。
私がいなくなれば、今度こそ、完全な自分、特別な自分、周りから注目される自分になれると思い込んで。
こうして、不完全な自分を、完全な自分、特別な自分にしようとするマインドのストーリーは、どこまでも延長されていく。
しかし、非二元(ノンデュアリティ)とは、不完全な自分を完全な自分に変える試みではない。
それは、限られた誰かに起こる特別なことではなく、ありふれた日常の中にいつもあるものだ。
でも、特別な自分になろうと、常に何かを追い求めているマインドには、日常の中に現れているフレッシュさが見えない。
特別なものを探し求めている間は、ここにある楽園の光景が見えない。
自由とは、覚醒を追い求めていた不完全な自分に、ある日、特別なことが起こって、完全な自分になることではなく、マインドが思い描いていたその覚醒のストーリーが崩壊し、私がいなくなること。
そして、変わらなくてはいけない私がいる、というストーリーが崩壊しても、生は変わり続ける。
青虫がひとりでに蝶に変化するように。
生きているのは、私ではなく、生そのものだから。
お知らせ
年内最後のノンデュアリティ・エクスペリエンスは、今月17日(日)開催です。
また、年末年始は、大阪の梅田で非二元セッションを行います。
徐々に予約が詰まってきているので、関西方面の方でセッションを受けたい方は、お早めにご予約ください。