高血圧と診断されてから、心配事が増えたらしく、その状態をなんとか変えなければいけないと彼女は思っていた。
また、体のためにも、タバコをやめなければとわかっていても、喫煙か続き、罪悪感を感じていることも正直に打ち明けてくれた。
はじめに、心配事をしているのは誰かと言うことを確かめながら、心配事をしたり、しなかったりすることを決めているような自分などどこにも存在していないことを明らかにしていった。
心配事が起こっている間は、とうてい大丈夫だとは思えない感覚があるにもかかわらず、「何が起きても大丈夫」というスピリチュアルの言葉(概念)を信じて、彼女は、そう思えるように努力していた。
彼女が本当に求めていたのは、「いつでも大丈夫だ」と思える完全な自分になることではなく、常に大丈夫でなくてもかまわないこと。
大丈夫であろうが、なかろうが、起こることを起こるがままに受容している存在があることを彼女はどこかで知っていた。
だから、それを再発見できるように、セッションを進め、存在の非二元性を明らかにしていった。
喫煙についても、「高血圧なのだからタバコをやめなければ」という思考が現れても、実際には、喫煙が時折起きていること。
そして、喫煙の直後に「タバコを吸ってしまったのは自分だ」という思いが現れ、その自分に罪悪感を感じること。
このすべての思考、感情の現れさえ、既に受容されていて、変えなければならないものなど何もないこと、起ることのすべてが、既に完璧な存在の現れであることを明らかにして、セッションを終えた。
追伸
76歳の私の父も、高血圧で、喫煙も50年以上続いています。
この状態を自ら望んでやっている父親など、どこにもいません。
でも、私の父も、今日、セッションを受けてくれた彼女と同じように、高血圧になったのも、タバコをやめられないのも、自分に問題があるからだと思っているかもしれないことを、今日、気づけました。
この年末に大阪に帰った際、父親とも、血圧や喫煙のことを少し話してみようと思います。
年末年始、非二元(ノンデュアリティ)の対面セッションは、大阪・梅田で行います。