英語学習の教材をかたっぱしから集めて、毎日、7、8時間、英語学習のDVDや音声データを視聴し続けている。
私は、読書法や英語脳の講座で、受講者の方に、いつもこんなことを語っている。
「社会人である私たちは、普段、仕事をしているわけだから、何かを学びたいと思っても、学習時間が限られている。
だからこそ、効率のいい勉強の仕方を考える必要がある」と。
でも、自分の日常を振り返ると、私は、普段、仕事らしき仕事をしていない。
だから、効率性を考える必要もなく、勉強をしたいなと思い立った時に好きなだけ勉強して、ちょっと飽きたなと思えば、お茶を飲んだり、散歩をしたりして過ごしている。
効率性を考えなくても、好きなだけ勉強できる環境にいて、それでいて、なぜか、収入も途切れることなく入ってくる。
なぜ、こうなったのかは自分でもよくわからない。
理由なく、このようなことが起きているとしか言いようがない。
でも、今日、一つだけ、これはもうキャラクターとしての性分であり、逆らいようのないことなんだと思えることを発見できた。
矢沢大輔と呼ばれてきたこのキャラクターは、小学生の頃から算数のような「法則性」のあるものに魅了され、目覚めが起きて自分がいなくなってからも、その性分は変わっていない。
今、なぜ、これほど英語の学習に魅了されているのかといえば、英語という言語の法則性、つまり、「文法の美しさ」にとてつもなく惹かれていて、その文法を深く知れば知るほど、結局のところ、効率よく英語をマスターできることを知ってしまったからだ。
もともと法則性に魅了されやすいキャラクターが、英語の法則性の面白さに気づいてしまったのだから、もうこれは仕事そっちのけで、英語にのめり込んでしまうのも仕方がないこと、抵抗のしようがないことだと、完全に許容しきれている。
既にこうなっているものを、変える必要もなければ、何かを変えられるような誰かもいない。
あるがままで、すべてが既に完璧。
この完全性を認識できるまで、人生の戦いは続き、解放が遠のいたかのように思える。
でも、それもまた完全性の中で起こっていること。
お知らせ
今週末のノンデュアリティ・エクスペリエンスは、キャンセル待ちとなりました。
次回は、10月に開催する予定です。