今日は茨城の女性と非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。
私がよくブログに書いている「生のフレッシュさ」を感じたいという要望だったので、自分が何かを見たり、聞いたり、経験したりしているのではなく、ワンネスの生の感覚がダイレクトに現れているのを実感できるようガイドした。
また、すごく説得力があり、誰もが信じていることだが、「自律して生きられる」ような分離した個人がいない現実についても明らかにしていった。
「これまで自分が決断してやってきたと思っていたことは、思考の中のつくり話だったんですね。今、その緊張感が溶けて、凄くラクになりました」といいながら、彼女は最後に、死について訊ねた。
死は、私が存在しているという二元性の物語の終わりであり、物語が消えると、今、感じているこの解放だけが残される。
だから、たとえ癌になって、闘病の苦しみが起こったとしても、その二元性のあれやこれやの苦しみ、闘い、心配は、死によって終わる。
そういう意味で、死は、「苦しんでいる自分がいる」という悪夢からの解放だ。
私がいるという夢が消えれば、ここにあるのは、解放。
ワンネスの生だけ。
解放が死によってもたらされるか、それとも生きているうちに非二元性に目覚めて解放されるかは、誰にもわからない。
そして、ここで話しているのは、このどちらが良いか悪いかという話をしているのではない。
リアルに存在しているのは、個人の苦しみの物語ではなく、この解放、このワンネスの生。
この生を所有できるような個人は初めからどこにもいない。
それを伝えて、セッションを終えた。
お知らせ
スピリチュアルや自己啓発、心理学を探求し続けても、生きづらさが続いている方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。