しかし、努力によって獲得できたと思われたもの、築き上げられたと思われたことは、ものの見事に失われていった。
なぜ、こうなってしまうのか?
私にはまったく理解できなかった。
そして、私はスピリチュアルを探求しだした。
それでも、なぜ、こうなるのかについて、納得できるメッセージには出会えなかった。
しかし、私はある日、自分と同じような経験をして、それがどういうことなのかを、宗教色をまったく匂わすことなく、ストレートに語っている非二元(ノンデュアリティ)のメッセージに出会えた。
「個人がいる」という夢の中では、「相対の法則」が働いているので、プラスとマイナスは、寸分の狂いもなく相殺される。
このメッセージにふれた瞬間、「やっと自分と同じ疑問を持っていた人を見つけられた」と私は安堵した。
そして、非二元のメッセージにふれるにつれ、休む暇なく上映され続けていた「人生」と呼ばれる夢ドラマが、かすれていった。
わかる必要がある何かがあり、それがわかるまで私の人生は良くならない。
そう思い込んでいた私もろとも、人生ドラマの映像はかすれ、そのドラマにリアリティを与えていた「光」が、光のまま見えるようになった。
人生ドラマにリアリティを感じている間は、ドラマの内容に引き込まれ、人は、限られた人生という時間の中で、何かを成し遂げようとする。
しかし、それは相対の法則によって相殺され、人は失望する。
でも、この失望は、何かができるような個人の自分がいないことを、明かすものでもある。
人生には目的はない。
でも、一つあるとするなら、人生という夢から目覚めて、生きている「生」そのものに気づくこと。
そして、この生は、あなたが夢を見ている間も、隠れることなく、発見されようと、あなたを誘い続けている。
お知らせ
スピリチュアルや自己啓発、心理学を探求し続けても、生きづらさが続いている方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。