私がいなくなる「解放」をマインドが恐れる訳 | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

リバレーション(解放)が起こり、私がいなくなると、日常生活が困難にならないか?

 

非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやっていて、徐々に私がいないことに気づきはじめると、多くの人がこんな疑問を感じはじめます。

・このままセッションが進んで私がいなくなってしまうと、今までのように仕事ができなくなり、生活が困難にならないか?

・健康管理する自分がいなくなったら、体の調子が悪くならないか?

 

なぜ、このような疑問や恐れが生じるかというと、「私」が自分の仕事を選び、「私」がお金を稼いできた。

「私」が自分の体を管理し、自分の健康を保ってきた。

だから、その管理者がいなくなれば、たちまちあらゆることが混乱しはじめ、制御不能になってしまう。

というストーリーを、マインドがつくりだしてきたからです。

 

でも、実際にリバレーション(解放)が起きて、私がいなくなっても、日常生活が破綻したり、突然、病気になったりすることはありません。

 

仕事もこれまで通り起こりますし、収入も途絶えませんし、毎日の食事や飲酒も入浴や歯磨きも、変わらず続きます。

 

何が変わるかというと、これまで、これらのことをやってきたのは「自分だ」という認識が落ち、将来に対する不安や心配がなくなります。

今、やっていることをうまくやらないと、将来が大変なことになる、という緊張が解けます。

 

体や仕事やお金だけでなく、あらゆるものが、自然に現れ出てきていること。

これらをコントロールできるような個人は存在しておらず、条件なく自然に動いている生=リバレーションだけがあることがわかるようになります。

 

でも、これを知るのは、エンライトメント(悟り)を求めて、スピリチュアルのティーチャーのもとに通い、探求を続けてきた「私」ではありません。

 

リバレーションは、個人が至りつける到達地点ではありません。

 

リバレーションが起これば、もうここには、個人の努力で、仕事やお金や体や来世や現生をより良いものにしようと悪戦苦闘していた「私」はいません。

 

生の自由さ=リバレーションだけがあったことが、それ自身によって明かされます。

 
お知らせ
スピリチュアルや自己啓発、心理学を探求し続けても、生きづらさが続いている方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。