肉体があることを前提に仕事をしている人が、肉体がないことを知ると、どんな反応になるんだろう?
そう思いながら、いつもセッションをやっているんだけど、意外にすんなり「肉体」という概念は落ちてしまうようだ。
昨日も、セッション中に、「今、腰痛を感じている」という話になったので、その感覚が本当に腰痛なのかどうかを本人が確かめられるようにガイドしたら、数分後には「腰痛」は消えた。
というよりも、感じていたのは、腰痛ではなく、生の感覚であり、それは自然に現れたり、消えたり、変わったりするもので、取り除こうとしなくても、自然に消えることが明らかになった。
「じゃあ、治療に行く必要はないんですか?」と聞かれたので、「治療に行くか、行かないかを決められるような私はいない。治療に行く必要があるなら、その行為も自然に起こる」と伝えると、自分の今の仕事を否定する必要もないことを呑み込めたようで、ほっとした表情に変わった。
あるのは、単体のカラダではなく、全体。
「肉体がある」という概念にとらわれると、たちまち全体性が見失われ、「痛み」や「病気」が自分の体に起き、自分が苦しんでいるようなストーリーに閉じ込められてしまう。
お知らせ
個人の私もいなければ、肉体も、物質も存在していません。
これらは全て概念であり、本当に存在しているのは、一つの生です。
その生はいつもフレッシュで歳を取りません。
生のフレッシュさを直接感じてみたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。