◯◯先生が、ある教えを語る。
それを聞いた弟子は、わかったと思う。
そして、その弟子は、「◯◯先生はこんなに素晴らしい教えを説いてくれていたんだよ」と、人々に語りだす。
◯◯先生の名前を出して語れば、みんなが信用してくれるから。
権威というものは、このように使い込まれる。
しかし、弟子によって語られたその教えは、◯◯先生の教えとは異なる。
それは◯◯先生の話を聞いて弟子が解釈した考えに過ぎない。
そして、解釈というものは、常にその人の思考のフィルターを通して、都合よく理解されたことであり、◯◯先生の教えと言いながらも弟子の考えにすり替わってしまっている。
虎の威を借る狐とは、このようなことを指し示しているのだろうが、私も時々、「仏陀はこう言っていた」と語ってしまう。
そして、その度に、「私の言葉を信じることなく、自分でそれが真実かどうか、今、調べてください」と語るハメになる。
時々、狐になることも、仏陀は許しているのだろうが。
矢沢大輔
追伸
自己啓発の探求にくたびれたら、本当の自己とは何かを自分で調べてみる時期なのかもしれません。
興味のある方は、4月開催の奇跡学校にお越しください。
追伸2
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