サリン事件はまだ終わっていない。
なぜ、あの事件を起こした人間をいまだに崇拝する人たちがいるのか、まったく信じられない。
そう思ってしまったら、あの事件の奥に潜む問題の本質に迫れなくなる。
問題の本質は、誰を信じ、崇拝するか?ということではない。
誰かに憧れ、崇拝したくなるその心の働き。
何かにすがりつきたくなるその心理によって、私達が見失ってしまうもの。
それこそが問題の本質なのではないのか。
だから、今日は、「崇拝」と「敬意」の違いについて書いてみる。
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世界的に有名な教師は、かつて私にこう教えてくれた。
先生はスゴイ!
あなたが私のことをそう思うなら、あなたは私に対して、あこがれを持っていることになる。
私を見上げているということは、あなたは自らを下に位置づけていることになる。
そうならないように気をつけなさい。
人を見上げることも人を見下すこともなく、互いに敬意を持ちあう関係が一番だ。
…と。
しかし、一度、先生を見上げてしまった弟子や生徒たちには、そう思えない。
先生こそ、この世の至宝だ。
そこから、先生の神格化がはじまり、こんな言葉が、世間に広められていく。
私の先生のポケットの中には極上のダイヤモンドが入ってる。
あなたもそのダイヤモンドに触れれば、輝けるようになるよ。
そんな誘い文句にのって、あなたがダイヤモンドに触れたなら、あなたはその先生のポケットに手を突っ込んでいることになる。
そうなると、もうあなたは、先生のポケットからなかなか手を抜けなくなる。
なぜなら、そこから手を抜けば、ダイヤモンドを失ってしまうように思えるからだ。
でも、それはまやかしだ。
眠らされてはいけない。
あなたは、まだ、気づいていない。
自分の一番近くにあるポケットに、何が入っているのかに、まだ気づいていない。
自分のポケットに手を突っ込むまで、あなたは自分以外の誰かのポケットの中身にばかり魅了され、そこに手を入れ続けることになる。
崇拝と敬意。
それは似ているように思えるが、崇拝は自らを殺す。
しかし、敬意はお互いを生かす。
最後に、マイケル・チャンが錦織圭を変えた言葉を紹介して、今日は終わろうと思う。
Well, you can’t expect to go out and have this kind of admiration for somebody you are still competing against because if you do, you will never beat him.
君が試合に出るなら競っているどんな相手に対してもそういう憧れの気持ちを持ってはならない。
なぜなら憧れをもってしまうなら、君は一生彼に勝てない。
矢沢大輔
追伸
自分のポケットの中のダイヤモンドに触れたくなった人は、来月からはじまる奇跡学校
にお越しください。
追伸2
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