担任は、40代くらいのベテラン女性教師でした。

怒りっぽい性格には見えませんでした。


「自分は、ぶたれたことは無いけれど、他の子がぶたれるのを見るのも、嫌だ」と息子は言いました。2学期のことです。

先生に、私から言うか、手紙を書いて持たせようか?と思いましたが、親に言いつけたと思われて、息子がきつく当たれたら、かわいそうだし、と悩みました。


「子供を人質に取られている」とよく言われる心境でした。


ちょうどその年の春、私はPTAの委員になり、くじ引きで「広報」になっていたのです。

各クラスから三人が委員に選ばれますが、うちのクラスは三人共「一人っ子」のお母さんでした。


小学校に隣接した幼稚園から全員が上がってくるので、きょうだいのこと等みなわかっていて、一人っ子だからヒマがあると思われたようです。


忙しいからと、広報委員は嫌がられますが、この時のメンバー達は、「どうせ作るなら、いいものを作ろう!」という「やる気」ある人達でした。

それで、最初の集まりの時、年間テーマに「PTA新聞で、“PTA”について考えてみよう」を提案しました。

一学期は、各学年のお父さん代表に一人ずつ集まってもらって、座談会を開き、
書記だった私が、録音を聞きながら決められたスペースに入るように、まとめました。


2学期は、紙面が倍になる拡大号なので、お母さん達全員にアンケート調査をして、学校や先生への希望も書いてもらうことにしていました。

3学期は、形は決まっていませんが、いよいよ先生達に、の予定でした。


それで、「先生にお願い」コーナーに、
「小学生にもプライドはあるので、叱る時も、顔はぶたないようにして下さい。もしも、ぶつなら、お尻にして下さい」と書きました。


アンケート用紙は、担任の先生から子供達に配ってもらい、回収するしかなくて、 無記名ですが、「子供何人」と記入する欄を作ったので、先生が回収した用紙を見たら、私の回答じゃないか?とわかるかもと思いましたが、ブレーキにはなると思い、書いて出しました。





運動神経に恵まれなかったため、運動部に所属した経験が無い私には、運動部内の顧問教師との関係は想像するしかありませんが、服従するしかない相手に手を挙げるのは、「卑怯」なやり方ではないでしょうか?


先週始まったNHK大河ドラマ「八重の桜」の中で、会津藩が開いた藩校に通う藩士の子供達が守るべき「什のおしえ」の中に「卑怯なふるまいをしてはなりませぬ」「弱いものいじめをしてはなりませぬ」というのがありました。


かつては、「卑怯者!」と言われることは、とても恥ずべきことで、そんな風に言われないようにしていた人(特に男性)は多かったと思われます。


最近では、かつてほど恥じなくなっているような気がします。

卑怯なマネをしても、結果として勝てばいい、たくさんお金を儲けた者が勝ち!というような考え方が広がっているように思います。


そんな大人社会の在り方が、子供達に影響していると思います。

人をいじめて、自分のストレスを解消するなんて、なんとねじ曲がった根性で、哀れな子供達でしょうか。

どんな親達が、どう育てたのか、知りたいと思いました。


自殺した生徒さんが受けた体罰は、「罰というものを超えている。「虐待」だ!」と「夜回り先生」=水谷さんがコメントしていました。


橋本市長が100人体制で、1000万円の予算を投入して、真相を究明し、対策を練ると言っていましたが、そんなお金はかけなくて良い、弁護士を依頼したり、審問会議等を機能させれば済むとも言っておられましたした。


主将だから、他の部員のミスまで責任があると、部員達の前で顔を撲られて、痛いのはもちろんですが、主将のプライドもズタズタに傷ついたと思います。


顔を撲られるというのは、とても恥ずかしいし、痛いし、心まで深く傷つくと思います。


私は、気が長い方なので、息子が小さい時にも、ぶったりしたことはありません。

なかなか言うことを聞かない時も、「〇〇しなさいって言ってるでしょ。しないと、お尻をピンするよ」と、まず警告しました。

息子は、「ダメー!〇〇するから、ピンしないでー」と言って、言われた通りにしていたので、お尻も叩いたことはほとんど無かったと思います。


素直な性格で、聞き分けも良かったので、強く叱ることも少なかったと思います。

だから、小学二年生になったある日、「担任の先生が怒るのが、嫌だ」と言い、更に「友達が、先生に顔をぶたれるのが、嫌!」と言うので、驚きました。




また、学校で若い命が失われてしまいました。


関西のニュース番組の解説によれば、「大阪市立桜宮高校」は、普通科と体育科だけの学校で、体育科に入学したら必ず部活動をしなくてはならないそうです。


試合で勝って、好成績をあげるために、強いチームであり続けるために、監督の体罰を副部長や他の先生達も黙認していたのではないでしょうか?


体罰が原因で三ヶ月の停職処分を受けたバレー部の監督が、復職後、また体罰を与えたことを秘密にしていた校長は、「まだ30代の若い教師だったから、(再発で、重い処分となるといけないと思い)“彼の将来”を守ろうと思って発表しなかった」と言っていましたが、私にはこの教師の将来だけでなく、(管理職としての能力が疑われてしまうので)、“自分の経歴と学校の評判”を守るためにも、だったと思われました。


生徒達の気持ちや命より、自分達を守ることを優先する人達に「教師」でいてほしくありません。


教育委員会の人達も、訴えがあった時に素早く対応していれば、自殺は防げたと思うし、問題があったその学校の教師達に調査をさせるというシステムがおかしい!と思いました。


加害者である可能性がある人達や保身に走りがちな人達に調査させて、真実がわかることは難しいと思うのに、人事などで深く結び付いている両者は、かばい合って、自分達に都合の悪い事実はなかったことにしてしまうと思われます。

校長を退職した後の「上がり」のポストが「教育長」だそうですから。


この問題で、インタビューに答えた尾木直樹さんが、「第三者委員会を作る時は、地元の人を入れてはいけません。地元の人には、いろんな“しがらみ”がありますから。

僕は、大津の「いじめ問題」の委員になって、すごくやりやすかったです。大津なら、京都辺りの人達でも、良くないくらい。影響力が及びますからね」と言われました。


地元でずっと暮らしていると、様々な“しがらみ”が生まれてきて、それに縛られ、よほどの覚悟がなければ本当のことも言いにくい、批判もしにくくなると思われます。


「“若者”と“バカ者”と“ヨソ者”が社会を変える」と言われているのは、そんな真理をいっているのでしょう。