年末に帰省した息子が、「これ、俺の名刺」と言って、箱の中から一枚くれました。


スイミング・スクールらしく水色の波模様が入っていて、「チーフ・コーチ」と肩書がありました。


就職して、5年かな?名刺は、初めてもらいました。

なんか、うれしかったです。


昔、好きな人にもらった名刺を大切に胸に抱きしめるという恋愛話があったように思いますが、若い頃の私にはそんな経験はなく、名刺をもらったのは、出入りの書店の営業マン達からだけでした。
丸善の若いお兄さんは、なかなかカッコ良かったですが。


今は、女子社員にも名刺を作ってくれるようですが、私がOLをしていた頃は「総合職」制度もまだ無く、試験を受けて男性社員と同じ階層に転換しないと、作ってはもらえませんでした。


自分の名刺とは無縁の人生でした。


そういえば、2、3年前だったか、本社で昇格試験を受けるからと、帰って来て、次の日朝早く出かけて行ったことがありました。

無事合格したそうで、チーフになれたのかな?


就活中、焼肉チェーンに面接に行ったと聞いて、外食産業は、労働時間が長くて厳しく、過労死したりする若手社員も少なからずいて、心配だから、賛成出来ないと言ったのでした。

学生時代、ずっとアルバイトをしていたスイミング・スクールに雇ってもらったら?子供達を教えるのは向いているみたいだしとすすめて、試験を受けに行ったのでした。

アルバイト時代の勤務態度等も評価されたのだと思いますが、無事採用されたのです。


川崎から西宮まで各地に教室がある会社ですが、愛知県に配属されそうだと言っていて、名古屋近郊の町に決まりました。

名古屋市内の私の実家からは電車で30分くらいの所で、アパートを借りてひとり暮らしになりますが、まったく知らない土地よりなんとなく安心でした。

たまに実家に帰って、歓待されているようです。


就職した年の秋に、リーマン・ショックが起こり、今年だったら正社員の募集は無かったかもしれないと、勝手ながらホッとしました。


結構、運は強いみたいで、これも姑が一万円払って、占いで名前を決めてくれたおかげかもと思いました。


就職して初めてもらったボーナスから、夫と私に一万円ずつお小使いをくれました。

夫は、喜んですぐ使ってしまいましたが、私は息子が苦労して手にしたお金だと思うと、もったいなくて使えず、大切にしまってあります。
小出裕章先生の講演会が、2月3日(日)午後1時から大津教会であると「あすのわ」仲間が知らせてくれました。

昨年2回、大津でお話を聞きましたが、
また是非、行きたいと思っています。


少し長くなりますが、小出先生の言葉を仲間達に紹介しました。


6チャンネル朝のテレビ番組「モーニング・バード」の木曜日9時前後に「玉川総研」というコーナーがあり、税金の使途等その時々の問題をわかりやすく調査し、解説してくれるので、家に居る時には視ています。


原発問題については、小出先生のインタビュー映像がよく出てきます。玉川さんが、研究室まで出かけているようです。


昨年末、「総選挙後の原発政策は?」というテーマの放送がありました。

その日は、出かける支度をしながら視ていたので、最後までは視られなかったのですが、

玉川さんに、今回の選挙結果について、どう思われますか?と聞かれ、小出先生は「私は、ずっと昔から政治には完全に失望しているので、何とも言えません」と言われました。

そして、「ドイツは原発をやめる決断をしましたが、日本では、なかなかすぐにやめる方向にはいかないようです。日本人とドイツ人の違いがあるんでしょうか?」と尋ねられ、「違うと思います。国民性が。原発の問題は、戦争の問題と似ていると思います。

ドイツでは、戦後ナチスの犯罪を徹底的に追求しました。日本では、国民は戦争を始めた人達に騙されていたと思っています。騙された方にも、騙された責任があるわけです。」
と言われました。


小出先生の著書「騙されたあなたにも責任がある」(幻冬舎)には、「私はずっと、原子力に抵抗しようと思ってきましたし、今でもそうしたいと思っています。
そして、なんとかこんな悲劇が起こる前に原子力をやめさせたいと思っていたのですが、残念ながら出来ませんでした。

原子力の場にいながら、原子力をやめさせられなかった責任が私にはあるだろうと思います。

でも、今まで私がどんなことを言っても、みなさんには届かなかったのです。国とかマスコミを含めて、原子力は安全だということしか流さなかったのです。

普通の国民の皆さんがそれに騙されたということは仕方のないことだと思います。
でも、騙されたから仕方ないと言ってしまうと、また騙されるという歴史が続いてしまいます。

ですから、騙されたなら騙された意味を考え、責任を取るということをみなさんに考えてほしいと思います。」と書かれています。


簡単に騙されたりはしない賢い市民がたくさんいるようになれば、政治や社会は変えていける、と私は思いました。


事故を起こしていないドイツやイタリアが、原発をやめる決断をしたのに、あんな大事故を起こして、収束などしていない日本が、原発をやめようとしないのは、国際的にも恥ずかしい!と、私の周囲の友人達は言っています。


小出先生のお話を、またじっくり聴きたいです。




明けまして、おめでとうございます。


昨年秋から、なかなか記事を更新出来ませんでしたが、今年は、少しずつでも書いていきたいと思っています。

読んでいただいて、コメントをいただけたら、うれしいです。

体験したこと、感じたこと、考えたことを記事にするには、時間も精神的余裕も要りますが、誰かが読んでくれて、コメントを下さるとうれしいし、文章にすることで、自分の心を見つめ、考えをまとめて、記録することも出来ます。


昨年秋、落ち込んだ気持ちを回復させたくて、元気とやる気を出したくて、少しでも自分に自信を持ちたいと、過去に褒められたことを思い出してみました。


ノーベル賞の授賞式の後、もう二度とこのメダルを見ることはありません。次に進むからと言われた山中教授と違って、凡人の私は、数少ない過去の栄光?とか賞賛を大切に保管しておいて、時々は思い出し、失った自信を取り戻さないと元気が出て来ないのです。

それほど多くはない体験の中から思い出してみると、一番うれしかったのは、今は亡き姑が入院中のことでした。


姑は、人付き合いがあまり得意では無いようで、脳梗塞で倒れた後の長い入院中にお見舞いに来てくれた友人は、一人だけでした。

姑からよく名前を聞いていた人でした。

お見舞いのお礼を言うと、「貴女が下の息子さんのお嫁さん?彼女が良い子だって言ってたわ」と言われたのです。

うれしかったです。

友達には、本当に思っていることを話すでしょうし。

本人に直接言われるよりうれしかったと思います。


姑には娘がいなかったから、比較する対象がなくて、ラッキーだった私ですが。


一緒にお祭りを見に行ったり、洗濯したらなかなか乾かなかったパジャマの替えを買ってもらったり、優しくしてもらったと思います。


働き者の実家の母より、のんびりしていて、料理も掃除も好きではないような姑の方が気がラクでした。

夫の兄夫婦には、子供がいなかったので、うちの息子が初孫で、とても可愛がってもらいました。


息子が幼稚園の頃、夫の実家に帰っている時は、「おばあちゃん、プリン食べに行こう」とねだり、毎日手を繋いで駅前通りの喫茶店へ通っていました。

幸せそうな二人でした。


誰かから直接褒められても、うれしいですが、あの人が貴女のことを褒めていたよと第三者から聞くのも、うれしいものです。

嫁と姑なら、特にそうかもしれません。


会社等で、部下を褒める時には、みんなの前で褒め、逆に叱る時には、本人のプライドが傷つかないよう配慮して、一対一で叱るのが良いと言われます。


私の周囲でも、姑と仲が良かったと言える友達は少ないですから、私は幸せだったと思います。


そのことを思い出したからだけではなく、仲間達と会って話したり、脱原発デモやいろいろな活動に参加することで、少しずつ元気になりました。