明けまして、おめでとうございます。


昨年秋から、なかなか記事を更新出来ませんでしたが、今年は、少しずつでも書いていきたいと思っています。

読んでいただいて、コメントをいただけたら、うれしいです。

体験したこと、感じたこと、考えたことを記事にするには、時間も精神的余裕も要りますが、誰かが読んでくれて、コメントを下さるとうれしいし、文章にすることで、自分の心を見つめ、考えをまとめて、記録することも出来ます。


昨年秋、落ち込んだ気持ちを回復させたくて、元気とやる気を出したくて、少しでも自分に自信を持ちたいと、過去に褒められたことを思い出してみました。


ノーベル賞の授賞式の後、もう二度とこのメダルを見ることはありません。次に進むからと言われた山中教授と違って、凡人の私は、数少ない過去の栄光?とか賞賛を大切に保管しておいて、時々は思い出し、失った自信を取り戻さないと元気が出て来ないのです。

それほど多くはない体験の中から思い出してみると、一番うれしかったのは、今は亡き姑が入院中のことでした。


姑は、人付き合いがあまり得意では無いようで、脳梗塞で倒れた後の長い入院中にお見舞いに来てくれた友人は、一人だけでした。

姑からよく名前を聞いていた人でした。

お見舞いのお礼を言うと、「貴女が下の息子さんのお嫁さん?彼女が良い子だって言ってたわ」と言われたのです。

うれしかったです。

友達には、本当に思っていることを話すでしょうし。

本人に直接言われるよりうれしかったと思います。


姑には娘がいなかったから、比較する対象がなくて、ラッキーだった私ですが。


一緒にお祭りを見に行ったり、洗濯したらなかなか乾かなかったパジャマの替えを買ってもらったり、優しくしてもらったと思います。


働き者の実家の母より、のんびりしていて、料理も掃除も好きではないような姑の方が気がラクでした。

夫の兄夫婦には、子供がいなかったので、うちの息子が初孫で、とても可愛がってもらいました。


息子が幼稚園の頃、夫の実家に帰っている時は、「おばあちゃん、プリン食べに行こう」とねだり、毎日手を繋いで駅前通りの喫茶店へ通っていました。

幸せそうな二人でした。


誰かから直接褒められても、うれしいですが、あの人が貴女のことを褒めていたよと第三者から聞くのも、うれしいものです。

嫁と姑なら、特にそうかもしれません。


会社等で、部下を褒める時には、みんなの前で褒め、逆に叱る時には、本人のプライドが傷つかないよう配慮して、一対一で叱るのが良いと言われます。


私の周囲でも、姑と仲が良かったと言える友達は少ないですから、私は幸せだったと思います。


そのことを思い出したからだけではなく、仲間達と会って話したり、脱原発デモやいろいろな活動に参加することで、少しずつ元気になりました。