コーヒーの香りに、思い出したことを綴っていて、更に思い出したことがありました。


通っていた高校の周りの風景が好きだった私は、休日には時々自転車で散歩に行っていました。


早起きするのと、満員電車に乗るのが嫌で、中学校の学区内にある高校へ進学したので、自転車通学も許可されず、歩いて通学していました。
中学校より近いくらいでした。

高校の周りは、「見晴台」という空き地が広がっていて、今でもたまに夢に出てきますが、結婚後は名古屋へ帰っても、忙しい日程で、高校の辺りにはずっと行っていません。

行ってみたいとも思いますが、開発が進んで、変わってしまっているでしょうね。

自転車で回っている時に、コーヒーを売っているお店を見つけました。

喫茶店に豆や粉、食パン、冷凍食品等の販売をしているお店で、コーヒーを焙煎するいい香りがしていました。


家では、弟がコーヒーに凝っていて、豆を弾いてから入れていたので、豆を買うと、上品な感じのいい奥さんが、お店の奥のカウンターで、サービスしてくれました。


その後、時々行って、豆やパンを買い、コーヒーを飲ませてもらっていました。


その時、売り込んだ記憶は無いのですが、実家で作っているポリエチレンの袋を買ってもらえるようになり、父が配達に行っていました。


あのお店に、また行ってみたいです。


お正月休み中、ほとんど毎日コーヒーをいれていたので、買い置きが無くなりました。


インスタントは、あったのですが、飲む気がしなくて、紅茶を飲んでいましたが、一昨日買い物に行ったついでに、いつも飲んでいる「小川珈琲」の中細挽粉を買ってきました。


封を開けただけで、いい香りがしました。久しぶりに、ドリップしながら、辺りにただよう香りに、ささやかな贅沢感を味わいました。


コーヒーは、生協の共同購入の値段が安いので、よく注文します。


地区委員をしていた時に、組合員さん達とバスで京都の「小川珈琲」の工場へ見学に行ったことがありました。

麻袋に入った豆が積み上げてある工場で、コーヒーを包装しているラインを見学し、美味しいコーヒーのいれ方を習って、飲んでみました。

それ以来、習った方法でいれて、味わっています。


秋に開催される「生協まつり」で、私達の委員会は、組合員さんに人気の「大山乳業」のケーキとコーヒーのセットを安い値段で提供し、模擬店は満員でした。

コーヒーは、「小川珈琲」から試飲用のカップと機械、粉も無料で提供していただいたので、とっても助かりました。

忙しくて、クタクタに疲れた一日でしたが、ご褒美みたいに綺麗な夕焼けだったことを覚えています。

そんなこともあって、小川珈琲の製品をずっと愛飲しています。


京都の友達とお花見に行った時、鴨川沿いを歩いてから、三条小橋横の「小川珈琲」直営店で、休憩しました。

テーブル席が空いてなかったので、カウンター席に並んで座り、 わりかしイケメンのお兄さんが、目の前でいれているコーヒーの香りが終始漂う中で、おしゃべりするのは、楽しい時間でした。

また、行きたいな。


良い香りにつつまれた思い出には、幸福を感じます。



昨日、保険会社で先日の入院費用の申請をしてきました。


昨年中に、しようと思いながら、なかなか出来ずにいたのですが、三年以内なら申請可能だそうです。

担当の女性社員とは、20年以上のお付き合いで、書類を書き終えた後、いろいろ雑談しました。


彼女も、先年お孫さんの男の子が、飛びついてきた時に、肋骨にヒビが入り、治るまで痛かったそうです。


その時に、お医者さんに、年齢によって骨は脆くなっていて、鍛えても強くは出来ない、骨を支える筋肉は強く出来るから、心がけるように言われたそうです。

牛乳を飲んでも、ダメなようです。

足腰を鍛えなきゃと思いながら、なかなか出来ません。


以前、会った時に「あすのわ」で作った原発の危険性を解説したチラシ「まずは、知らなきゃね」を渡していたので、三井寺で仲間達が毎月開催している「オーガニック・マーケット」のチラシを渡して、お友達と来てくれるように奨めました。


震災と原発事故の話になり、先日生協主催の被災地訪問に参加した話をしてくれました。

南三陸に行って、生協の生産者の方達と、津波から、なんとか逃れた方の体験談を聞いたそうです。


被災者の方は、25㍍の高さまで、水が来たこと、引き潮の力が凄かったこと等を聞き、震災直後には、体験したことをとても話す気持ちにはなれなかったけれど、三年近くなって、伝えなくちゃという気持ちになったと言われたそうです。


現地は、まだまだ復興にはほど遠いと感じたそうです。


見て、聞いた人には他の人に伝える役目があると言われ、私に伝えますと彼女は話してくれました。


私は、三井寺の「オーガニック・マーケット」での場所代やカンパで、実施している「保養キャンプ」について話しました。

地元の方達の好意で、県内二カ所に提供された宿泊施設に滞在して、新鮮な空気の下で新鮮な食べ物を食べ、琵琶湖や川で思いきり遊ぶことで、子供達の体内に蓄積された放射能が排出されて、みるみる元気になること、別れる時は、毎回涙になること等を話しました。


互いに知ったこと、見たことを知らせ合え、自分が出来ることをしようと思ったひとときでした。