アフガニスタンの干ばつから、一人でも多く生きて冬を越せるようにと、危険な作業に挑み、政府軍と反政府軍の衝突と聞けば、工事中の用水路を塹壕代わりに隠れる、そんな厳しい中村さんの日常からインターネットで読む日本に苛立つことが増えたそうです。

「改憲論は、どこか作り物くさい。政治力をアピールしたいだけの芝居のように見える」と。


ならば、中村さんにとって憲法はリアルな存在なのか?と問うと、身を乗り出し、大きくうなづいた。

「欧米人が何人殺された、なんてニュースを聞く度に思う。
なぜその銃口が我々に向けられないのか?
どんな山奥のアフガニスタン人でも、広島、長崎の原爆投下を知っている。その後の復興も。

一方で英国やソ連を撃退した経験から『羽振りの良い国は必ず戦争する』と身に沁みている。だから『日本は一度の戦争もせずに戦後復興を成し遂げた』と思ってくれている。

他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。アフガニスタンにいると、『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。

敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが、一番の安全保障だと肌身に感じる。


単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は、日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕達を守ってくれているんです。」と中村さんは話した。


社会主義者でありながら愛国主義者で儒教的な道徳を重んじた父から幼い頃「論語」を読まされた。

意味もわからず繰り返し唱えた倫理は、後にキリスト教徒となった今も心にある。
イスラム教徒達に囲まれて暮らした29年間でたどりついたのは、『宗教が違っても、人が生きる上の倫理はそう変わらない』という実感だ。「道徳や倫理は完璧に守れるものではない。何とか守り、実行しようと努力することが人間を大きな誤りから押しとどめてきた。憲法も同じ。倫理を多数決で変えようなんて筋違い」

救おうとしてもなお、干ばつ、病気、戦闘で人の命が失われていく国にいるからこそ、日本にいる人より憲法をリアルに感じられるのかもしれない。


あなたにとって9条とは?とたずねたら、中村さんは考え込んだ後、「天皇陛下と同様、これがなくては日本だと言えない。近代の歴史を背負う金字塔。しかし同時に『お位牌』でもある。

私も親類縁者が随分と戦争で死にましたから。一時帰国し、墓参りに行くたびに思うんです。平和憲法は戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の位牌だ、と」 。

最後にたずねた。もしも9条が改正されたらどうしますか?

「ちっほけな国益をカサに、軍服を着た自衛隊がアフガニスタンの農村に現れたら、住民の敵意を買います。

日本に逃げ帰るのか、あるいは国籍を捨てて、村の人と仕事を続けるか」長いため息を一つ。それから静かに言い添えた。

「本当に憲法9条が変えられてしまったら・・・ 僕はもう、日本国籍なんかいらないです。」


悲しげだけど、揺るがない一言だった。


少し前の新聞特集「この国はどこへ行こうとしているのか~憲法よ」に、中村哲さんのインタビュー記事がありました。


読んで、感慨深かったので紹介します。


私は、京都のノートルダム女子大で2回、滋賀医大の大学祭で哲さんのお話を聴きました。


中村哲さんは、1984年から最初はパキスタンのハンセン病の病棟で、後にアフガニスタンの山岳の無医村でも医療支援活動を始められました。

2000年、干ばつが顕在化したアフガニスタンで、「清潔な飲料水と食べ物さえあれば8、9割の人が死なずに済んだ」と、白衣と聴診器を捨て、飲料水と潅漑用の井戸掘りに着手。

03年からは「100の診療所より1本の用水路」と、大干ばつで砂漠化した大地での潅漑用水路建設に乗り出した。

パキスタン国境に近いアフガニスタン東部で、3500ヘクタールの耕作地を蘇らせ、約15万人が暮らせる農地を回復した。

総工費16億円は、日本からの募金でまかなったそうで、日本人も捨てたものではないと思いました。

私も「ぺシャワール会」の会員になっていますが、年会費は3000円で、他の団体と違い、事務経費はほとんどかけずに、大部分の寄付金が現地で使われているそうです。


最初に聴いた講演では、小泉内閣のイラクへの自衛隊派遣を厳しく批判されました。

08年、現地の人達にも慕われていた若い男性スタッフが、金銭目的で誘拐され、殺害されてしまいました。

悲しみの中で、「ぺシャワール会」の現地スタッフは、事務職員と哲さんの二人だけとし、現場に出る日本人は哲さん一人だそうです。





今夜、池上彰さんの憲法についてのスペシャル番組がありました。

現憲法が成立するまでのいきさつや、その内容、私達の生活との関連、外国の憲法について、現憲法と自民党の改正案との違い、集団的自衛権について等が、よくわかりました。


いつもは、編み物をしたりしながらテレビを見ている私ですが、今夜は何もしないで、集中して見ていました。


池上さんの解説は、いつもとてもわかりやすく、知識が身についていく気がします。


「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する」という24条の説明の時に、この条文を入れるのに力を注いでくれたベアテ・シロタ・ゴードンさんのことに触れてほしかったと思いました。


昨年末に亡くなられましたが、日本女性の恩人だと思います。
戦前までは、親が決めた相手と結婚せざるを得ない場合が多くあったという事情は紹介され、聞いていた若い人達は、信じられないという表情でした。


ベアテさんのことは、高校の「倫理・社会」や「日本史」で習わなかったので、私も数年前まで知りませんでした。


近くの小学校で開催された「母親大会」にゲストで来られ、お話を聴いたり、びわ湖ホールで「ベアテの贈り物」という劇を見て、知りました。


以前のノーベル賞についての解説の時も、平和賞が生まれたいきさつや、これまでにただ一人辞退した人のことも知りました。


たくさんの人が見て、憲法をよく知ってほしいと思いました。


干ばつに苦しむアフガニスタンで、用水賂を造って、砂漠を緑の耕作地に変えて、15万人の難民を救った中村哲さんが、憲法についてインタビューに答えた記事を読んで、感慨深かったので、次に紹介します。