68回目の「終戦記念日」です。


「終戦」でなく、「敗戦記念日」にすべきだという意見もありますが、もう二度と戦争はしないという誓いを胸に刻んで、「終戦」でも良いと私は思います。


88歳になる私の父は、軍隊に行ったら飛行機乗りになりたかったそうですが、早くに父親を亡くし、母一人子一人だったため、飛行機には乗れず、「近衛連隊」に配属されたので、アメリカ軍の本土上陸に備えて、九十九里浜で演習をしていて、終戦になったそうです。


だから、戦地での体験は無く、私の息子が小学生の時の「おじいちゃんやおばあちゃんから戦争体験を聞いてくる」という夏休みの宿題に、「アメリカに勝てるとは思わなかったが、中国には勝てると思った」とか「アメリカ人を殺したいとは思わなかったけれど、殺してやりたくなった軍隊の上官はいた」なんて話していました。

もう、20年ちかく前のことです。

祖父や祖母が戦争を体験しているという子供達も、かなり少なくなっているでしょう。


「九十九里浜では、農家へ買い出しに行って、毎日々ジャガ芋を蒸して食べた。もう一生分のジャガ芋は食べたから、俺にジャガ芋は出すな!」と、父が母に言っていたのを覚えています。


夫の父は、南方の戦地へ行っていて、マラリアに罹り、治って帰ってきたけれど、後日後遺症が出て、入退院を繰り返し、姑は苦労したそうです。


やはり、父親や夫が元気で働き、家族を支えてくれているのと、そうでないのとでは妻や母、子の経済的、精神的苦労が違ってくると思います。

いない方が良い父親や夫も、いるでしょうが。


母子家庭の半分以上が、年収が少ない「貧困家庭」に当たるという調査結果がありますが、男女の賃金の格差が是正されないことが大きな要因ではないでしょうか?。

仕事を掛け持ちして働き、必死に家計を支えているシングルマザーも、少なくないそうです。


憲法14条の男女平等や人権尊重の精神が実現され、25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」がきちんと実行される社会にしていかなくては。


31万人?という犠牲から得た今の憲法を大切にしなければと思い、「全日本おばちゃん党」の「おばちゃんハッサク」の最初に謳われている「うちの子も、よその子も戦争には出さん!」と心に誓って、お母さん仲間達と知恵と力を合わせて、頑張ります。




funwaritoさんのブログ-義姉用帽子SH3E05500001.jpg

2月に行った「春夏ニット作品展示会」で見て、注文した糸で、かぎ針編みの帽子を作りました。


薄いグレーにブルーからピンクの段染めにラメが少し入った糸です。


夫の兄の奥さん、つまり義姉にプレゼントします。

糸が少し余ったので、花を付けました。


前に作った葉っぱ型のアクリルタワシを添えて、送ります。

昨日、猛暑の中を朝から友人の車で出かけました。


去年に続いて、福島から滋賀に避難して来ている子供達の検診があり、ボランティアでお手伝いをしたのです。


今年は、県北部と南部で「夏休み保養キャンプ」に参加している子供達も、何人か検診に来ることになりました。


お医者さん二人と、検査技師、看護師さん達が、ボランティアで診察や検査をしてくれます。


滋賀県内に避難して来ている人達のネットワークを作っている方達も来られました。

甲状せんのエコー、検尿や採血もあるので、小さな子の泣き声が聞こえてきました。


私達は、みんなで手分けして、受付や案内等を手伝い、私は診察の順番や帰りの車を待つ子供達の相手をしていました。

男の子達は、広いホールで、診療所の若い職員さんと卓球をしたり、ボール遊びをしたり、元気いっぱいでした。

女の子達は、ホールの隅のピアノを弾いたり、鬼ごっこをしたりしていました。

小学生と保育園の女の子が、折り紙をしたいと言うので、私が持って行った本を見ながら、一緒に舟やハムスターを折りました。

かなり難しくて、子供達と悩みながら折りました。

この次は、もっと簡単な本と両面折り紙を用意しようかな?


キャンプの子供達が帰る時間になり、バイバイと手を振って、出て行きました。

北のキャンプの子達は、一昨日は「びわ湖バレイ」に出かけ、嘉田知事が来てくれたそうです。県から資金的援助もほしいとお世話しているメンバーが言っていました。

昨日は、午後から琵琶湖に行くそうです。

とっても、可愛い女の子達でした。あの子達がみんなこれからも病気になったりしないで、すくすく大きくなるようにと願います。来年、また会えるかな?


スムーズに検診が終わり、スタッフ全員集まって、感想を話しました。


いつも、お年寄りの検査をしているので、久しぶりに小さな子供達を検査して緊張したと言う看護師さん、

「福島の事故は無かったことにしようとされている気がする」という福島から来たお母さんの話を聞いて、毎週の県庁前の座り込みを続けると言うボランティアの女性、

採血で泣く子供を見て、原発事故が無ければ、こんな小さな子が痛い思いをしなくても良かったのにと思ったと看護師さん。

お母さん達の悩みや心配事を聞く機会を作るようにしたいと
いう提案もありました。


検査結果は、各家庭に郵送されますが、みんな異常無しであってほしいと思います。

診療所の外に出たら
熱気に包まれ、外の温度は39度になっていました(・o・)。
友人達とお蕎麦を食べて帰りました。