先月末、息子が帰って来ました。

神戸の西で、会社の昇級試験があるから、土曜日に仕事が終わってから、新幹線で帰って来て、日曜日の朝出かけると言うのです。

仕事が終わってから帰って来ると、我が家に着くのは、いつも夜12時ちかく。

駅からのバスなんて 土日は6時半が最終なので、いつも車で迎えに行きます。

オットは、晩酌してすぐに高鼾(-"-;)だから、いつも私が迎えに行き、着いてから遅い食事を食べさせて、片付け終わったら2時でした。

おかずは、息子の希望で「豚肉の生姜焼き」にし、青い野菜を食べてないだろうから「小松菜と油揚げの煮物」と息子が小さい頃から好きだった「コーンスープ」を作りました。

息子はスープを懐かしがって、おかわりしてくれました。

「生姜焼きの味、ちょっと辛かった�」と聞くと、「ううん、どれも美味しかったよ」と言ってくれました(^_^)v。

何かしてあげると、息子はちゃんと「ありがとう」と言うので、私の実家の母も褒めていました。

オットは、「ありがとう」なんて、滅多に言わないです。

育った家の躾によるのでしょうか?

「ありがとう」と言われた方が、してあげた人はうれしいし、またしてあげようと思ってもらえるんじゃないかな。



残暑が厳しかった去年の夏の終わり。

朝から出張するオットを、JR駅前まで車で送って行った時のことです。


送るといっても、運転していたのはオットで、駅前で交代し、私が運転して帰って来ることが多いのですが、この日もそうでした。

国道のガードレールに温度計が付いていて、朝からかなり高い温度を表示していました。

「今日も暑そうだね」と遠くまで出かけることを労るつもりで私が言うと、オットは、「なにが暑い!何にもしてないくせに!」と吐き捨てるように言ったのです。

当時私は、まだほとんど専業主婦で、たまに老人ホームの広報作りの取材や校正に行って、少しお礼をもらうくらいでした。

だから、よくオットに「何にもしてない!」と言われ、じゃぁ洗濯して、掃除して、料理作って、片付けてるのは、誰なんじゃ(`ヘ´)、お手伝いさんがしてくれるお金持ちの家でもなし!家政婦さんを頼んだら、アナタのお給料ぜーんぶ出しても足りないんだから!と思って、腹を立てて(`ヘ´)いました。

「お金を貰えない仕事=価値が無い=何もしてない」と考えているようです。

残念なことに、息子もこの考え方に染まっていて、以前「お母さんは働いてないんだから、偉そうなことは言えないよ」なんて言うので、「なにっ!」(`ε´)と腹が立ったことがありました。

お金をもらえる仕事だけが評価される今の世の中を象徴していますね。

結局、たくさん稼げる力を持つ人が評価されることになりますし。

お金は、たくさんあった方がラクかもしれませんが、有り過ぎると、家族や親類間で揉めたり、人が信じられなくなったりしそうです。

お金にはならないのにすること、する人の方が貴重だと私は思うのですが。

よく「何もしてない!」とオットに言われるので、ホントに何もしないでおいてあげようと思いました。

「あ、私って何もしてないのね。じゃぁ、今夜は夕食も出来てないね」と言いました。

「ふん!」とか言って、駅前で車を降りて行きましたが、「何もしてない奥さんは、駅まで送らないから、ここで車を止めて!」と途中で車を降りて、歩いて帰ればよかったのですが、(会社の駐車場まで車を置きに行っていたら、予定の電車に乗り遅れるし)外が暑そうなので、我慢して帰って来ました。

その夜「お迎えは?」とオットから来たメールに「何もしない奥さんは、お迎えになんて行かない」と返事しましたにひひ

プンプンして、タクシーで帰って来たようでした。夕食は、一応簡単な物を作りましたが、途中で食べて帰って来たんだったかな?忘れました。

数日後、「また出張で旅費は後から出るから、お金を〇万円、下ろしておいて」と言われ、「何もしてない奥さんは、銀行も行かない!」と反撃を続けました。

「じゃぁ、カード貸して」と言うので、「やなこった!無駄遣いされるだけだから」と断ると、「じゃぁ、どうすればいいんだ。明日から出張なのに」と。

「『何もしてない』という前言を撤回して、謝罪すれば、銀行に行く」と答えたら、「わかったよ!悪かった!」と投げ捨てるように言って、出勤していきましたV(^-^)V。

ホントに、悪かったと思ってんだか?

その後、私もアルバイトを始めたので、もう「何もしてない!」とは言えなくなりましたね。


夜中にヨッパライを迎えに行ったりもする主婦業に対する感謝の気持ちが足りんのじゃ!




義援金を出したり、買い占めに走らない、節電に心がける等あると思いますが、


以前から原発の危険性について学習し、活動を続けている私の友人達は、今、この時にこそ何かしなければ、地震が多発する日本には危険が大き過ぎる原発はやめて、風力や太陽熱発電等に転換していくように働きかけたいと、集まって話し合っています。


先日の集まりに、私は用があって参加出来ませんでしたが、小さな子供を育てているお母さん達は、放射能の怖さをひしひしと感じているようです。

日本人は、喉元過ぎれば、すぐに熱さを忘れがちなので、ほとぼりが冷めないうちに行動を開始しなければと。


原発問題を研究している学者さん達は、今引っ張りだこでしょうから、講演会は無理かなと、とりあえずビデオ上映会等をすることになりそうです。

それぞれが住む地域で環境問題等の学習会をしている人達が集まって、話し合い、準備を始めました。

私達が毎年イラクからの現地報告をしてもらっているフリージャーナリスト西谷文和さんの「イラクの子供を救う会」のブログに原発の中で働いていて、癌になり、亡くなられた平井憲夫さんという方の報告がありました。

日本の原発は、設計は専門家がする立派なものだが、造るのは素人で、それを検査するのも素人という事実や、故障の時に運転を止めてから修理すれば安全なのに、止めると何億もお金がかかるので、止めないままで作業員達を行かせるとか、恐ろしい話がいっぱいでした。

興味がある方は、西谷さんのホームページ

http://www.nowiraq.com/blog/ にアクセスして下さい。

長い文章なので、携帯では、途中までしか読めませんでしたが、友人にパソコンからプリントアウトしてもらいました。

平井さんは、最後に「原発がある限り
安心できない。世界に本当の平和はこない。優しい地球
残そう子どもたちに」と書いています。


関西は、停電していないからかもしれませんが、「便利でも、危険をはらんだ生活」よりも、「少し不便でも、安全な生活や国土」を子供達に残したいと思うので、仲間達みんなの知恵と力を集めて活動開始しました。