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ふんわりすとへようこそ!

~*~ I'm happy because I'm happy ~* ~

 

毎年、寒くなると、母が

大きな樽で 白菜を 漬けてくれていたのですが。

 

認知症になって、はや 8年。

 

「白菜、漬けなきゃ」と 口にはするものの、

実行に移すのは、難しいようです。

 

それでも、毎年、お正月になると

白菜漬けの話が 出ますのでね。

 

今年は 私が 白菜漬けに 挑戦してみました。

 

 

と言っても、樽で漬けるなんて、無理。

そこで・・・

 

 

 

そう。 ものぐさ者の強い味方。

ジップロックで、白菜漬け。

 

 

レシピは こちらを 参考にさせていただきましたが、

次回のために、書いておこうっと。

 

白菜 300g (3cm幅に切る)

昆布 5g(細く切る)

粗塩 5g → 増量しました

鷹の爪 2本(輪切り)

にんにく 1カケ (薄切り)

 

材料をすべて ジップロック(Mサイズ)に入れて

塩を 全体に なじませます。

 

1キロの重石(例によって、料理本)を乗せて、

キッチンで、約1日 放置。

 

 

先週の木曜日の夜に仕込み、

翌日、帰宅してみると、ああ!

 

袋に ぎゅうぎゅう詰めすぎたのか?

重石が重すぎたのか?

水が漏れていました!!

 

でも、そんなこともあろうかと

トレイの上に キッチンペーパーを敷いておいたから、

大丈夫。

 

 

味見してみたら、

なんか 浅漬けっぽい感じ?

 

でも、初めてにしては 上出来、上出来。

 

 

 

 

母の白菜漬けには

にんにくは入っていませんでしたが、

風味がよくなって、これも美味しいですね。

 

昆布と一緒に 食べると、なお、良し。

つまみ食いが 止まりません。

 

 

実家では、母が漬けなくなってからは

市販の白菜漬けを 食べているようです。

 

でも、袋の裏(使われている材料、調味料)なんか

見ないで、買ってきているだろうからなぁ。

 

 

食卓に出してみると、

「塩気が足りない」 と 一斉に お醤油に手を伸ばす、

濃い味好きの 実家の皆さん(笑)

 

まあ、そんなもんです。

 

塩、増量したんだけどな。

もっと足さないといけないらしい。

 

あ、でも、醤油をかけることを 見越して

塩を減らしておく、という手も・・・?

 

 

 

母の白菜漬けには まったく敵わないけれど、

簡単だったので (そして、なにより、安全!)

ちょくちょく 漬けて 持って行こう

と 思います。

 

あ、今度は、柚子の皮、入れなきゃね。

 

 

ありがとうごさいます。

 

 

 

 

秘教的に言うと、

1回の転生(人生)の終わり = 死

のタイミングは、

突発的な事故や 天災等の場合を除き、原則として、

魂が 決めているのだそうです。

 

魂は、今生でやるべきこと

(どのカルマを解消するか?など)を 決め・・・

 

そのために適切な光線(波動、特色)を持つ

装備(肉体など)を 用意した上で、

1つの転生を スタートさせます。

 

そして、その目的が 成し遂げられたとき、

あるいは、肉体を乗り換えた方が、この先

効率がよさそうだな、と 判断したときなどに、

「引き上げる」 決断をします。

 

 

神尾先生は よく

「パソコンを買い替えるようなもの」 と

おっしゃっていますね。

 

私は、以前も 少し 書いた通り、

 ( 矢印  身体は感覚器官にすぎない )

ガンダムのようなモビルスーツを、

イメージしています。

 

 

魂が、意識の糸・生命の糸を 引き上げるとき

死へのプロセスが 始まるのですが、

そのへんのこと、

疑問に思うことや 理解できていない部分も 数多く、

まだまだ 勉強することが たくさん!です。

 

 

さて、ここ数日で 書き連ねている、

<中皮腫・アスベスト疾患  家族と患者の会>に

参加してみて、感じたこと、思ったことシリーズ。

 

星?<中皮腫・アスベスト疾患・家族と患者の会>へ

星? 前向きに、ということ。

 

いまのところ、これが 最終回。

たぶん。

 

 

ゲストとして 大阪から いらしていた

MGさんは、

‘中皮腫サポートキャラバン隊’という活動を

されているそうなのですが。

 

彼自身が 楽しく、元気に 生き続ける・・・

そして その様子を 見せることによって、

周りの人々も(面識のない方も含め)

その姿に 希望を見出し、

勇気づけられているのです。

 

お話を 伺っていて、それを 肌で 感じました。

 

 

自分のやりたいことを やるのは 自分のため、

というのも、

もちろん あるのでしょうけど。

 

むしろ、その姿を 「見せる」 ことに

意義があるのではないのかな。

 

意識の矢印は、自分(のため)に、よりも

人々に 向いているのではないのかな。

 

そんなふうにも、思いました。

 

 

そして、私が そんなふうに 感じたのは、

MGさんに対してだけではありませんでした。

 

明るく 朗らかに 場をつくりあげてくださった

会長 Kさんからも。

 

その場には いらっしゃらなかったのだけれども

「KRちゃん」と みなさんから 親しまれている、

ある男性にまつわる エピソードの数々からも。

 

「ひとのために生きている(活動している)」

という 雰囲気を、とても強く 感じたのです。

 

 

そのことから、

彼らが 長い間 元気に 過ごされている

その秘密は、ココにあるのでは?

と 思ったのでした。

 

 

ここで また 秘教の話に 戻りますけれども、

秘教では、魂の意識=グループ意識を持つことの

大切さが 説かれています。

 

私たちが、ふだん 「これが自分」と 思っているのは、

‘パーソナリティの意識’なんですけどね。

 

もうひとつ、‘魂の意識’というものが あります。

(実は さらに もう1つあるのだけど、いまは、パス。)

 

もっとも、その ‘魂の意識’の方には

気づいていないひとが、大半ではありますが。

 

 

それでね。

 

魂は、‘‘瞑想’と‘奉仕’が 趣味なんです。

(趣味だなんて言ったら、怒られるかな。

まあ、魂ともなれば、怒りゃしないか・・・)

 

奉仕というのは、人類のために尽くすこと。

 

魂は、奉仕をしたくて、したくて、

そのために 肉体を持つのですが、

肉体と直結している‘パーソナリティの意識’の方が

その気になってくれないことには、

肉体を動かす= 実働することが できません。

 

いまの 私たちの パーソナリティの意識では、

完全に 自分を忘れ(度外視して) 他者のために・・・

というのは、難しいこと。

 

でも、魂としては、

少しでも それに近づいてほしい、という願いを

持っているのだと思うんですよね。

 

 

今回、<家族・患者の会>のイベントに

参加してみて。

 

生命の危険と向き合いながら

人々のために 日々 奮闘されている方々の

エネルギーを、肌で感じて。

 

 

おぉ、なんか、ええ感じやん。

いったん 引き上げようと 思ってはいたけれど、

ヒトのために生きる、っていうなら、奉仕、できるやん。

引き上げるの、もうちょっと 待ってみる?

 

 

そんなふうに、魂が、

予定を変更しようとしているのかな。

 

逆にいえば、これって、結果的には、

「(今回の肉体の)命の延長を求める」企画の

‘魂へのプレゼン’にもなっているのかな。

 

そんなふうに 感じたりも したのでした。

 

 

まあ、さらに 逆に言えば

(逆の逆、で、戻っちゃうけど)

 

病気も、

‘魂の意識’に 少しでも 目覚めるよう

魂が画策した 計画の一部。

 

そう言えるのかもしれませんけどね。

 

 

なにはともあれ、

さまざまな気づきの機会をいただいた

会でした。

 

どうもありがとうございました。

 

 

で、肝心の父ですが・・・

 

参加した当日は 元気だったものの、

その後 調子が悪くなってきたようで。

 

週末、母の通院の付き添いもあることですし、

実家へ 様子を見に 行ってきます。

 

 

 

葉っぱ  中皮腫・アスベスト疾患・家族と患者の会

とっても丁寧に 対応していただけます!

 

 

attention*  ここに書いてあることは、あくまでも、

私の個人的に感じたこ、考えていることです。

 

秘教について、正しく(詳しく)は、

神尾学先生のブログ または 新サイト エソテリック・サイエンス

を、ご覧くださいね。

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

先日 参加した 

<中皮腫・アスベスト疾患・家族と患者の会>

の懇親会にて。

 

ゲストのMGさん はじめ、会の運営に関わる 皆さんが

しきりに 口にしていた、

「前向きに」 という言葉について。

 

どういうことなのかな、と 考えていたのですが

(あ、もちろん、言葉自体の意味、意図は

わかりますよ?)

 

その日の夜、ふっと 思いついたことがありました。

 

 

不治の病が 奇跡的に治った!などという場合、

「それは、そのひとの中で 意識の変換が起こったから」

なんていうふうにも、言われます。

 

意識の変換、というと、おおまかすぎて

わかりづらけれど、たとえば・・・

 

価値観の崩壊、も、そのひとつなのかな。

 

 

‘価値観’って、そのひとの<過去>に 基づいて

形成されていくもの。

 

(地域や人種などによって共有しているものも多いけれど)

そのひと独自の、善悪の判断、好き嫌い、傾向 etc.

には、そのひとの過去(の経験)の影響が

色濃く 反映されています。

 

そういう意味では、‘価値観’って、

親から引き継いだものも含め、

そのひとの‘経験’の積み重ね = 過去 から

生まれるものなのでしょうね。

 

 

もちろん、ふだんは そんなの 意識することなく、

その価値観に基づいた 判断・選択のもと

生きているわけなんですけど。

 

人生で大きな出来事に 遭遇すると、

「自分が大切だと思っていたもの」に対する 執着が、

はらり、と、落ちる。

 

後生大事に持ち続けてきた  価値観(過去)が、

ひっくり返される。

 

いったん ゼロの地点に立ったとき、

こんどは 自然と 未来へ 目が向くようになる。

 

 

それが、意識の変換であり、

「前向き」ということなのではなかろうか。

 

つまり、「前向きに」というのは・・・

 

『過去に基づいた経験ではなく 、

未来に重点を置いて 生きていくこと』

なのかな、と 思ったのです。

 

 

価値観を 手放す、って。

 

自分の意思とは 関係なく

まったく知らない土地に 突然 放り込まれ、

言葉も習慣も すべてが違う中

そこで 生きていく覚悟を決めなければいけないようなもの

なのかもしれません。

 

誰もが できることではなさそうです。

 

 

でも、だからこそ、やってのけた方

(あるいは 有無を言わせず やらされた方) は・・・

 

これまではとは違う 未来を 手にし、

これまでとは違う 結果を 残し続けているのかな。

 

 

どうにも うまく 表現できないのだけれども、

そんなふうに 感じたのでした。

 

 

 

そうそう。

そのとき ちょっと 思ったのは・・・

 

自分の大切にしてきたものを、

必ずしも 無理やり 手放す必要も ないのでは?

ということ。

 

まずは、自分が 過去に基づいて 生きている、

ということを 認識し、

ときには それを ちょっと 脇に置いて

物事を見てみる。

 

それだけでも ずいぶん 違いますよね、

きっと。

 

 

いろいろな方の価値観に触れ、

「ほー。 そういう考え方(感じ方)も あるんだ?」 と

興味を持つことが、できたなら。

 

自分の世界は そのままに(変えることなく)、

それが、少し、広がりますよね。

 

その積み重ねでも、いいんじゃないのかな。

 

 

積み重ねていくうちに 加速がついて、

少しずつ 広げてきた 世界は、いつのまにか

未来を 包含していた・・・

 

そんなことも、あるんじゃないのかな。

 

 

・・・ とか なんとか言いながら、

父に対しては、どうしても、

のんびり 見守っていられなくて。

 

ついつい お尻を ひっぱたきそうになっては

あわてて 手を 引っ込めるんですけどね。

 

 

 

父の付き添い的な意味で 参加させていただいた

患者・家族の会でしたが、

私にとっても 大きな収穫が ありました。

 

いやー、「なるほど!」と 思ったことが

実は もうひとつ あるんだけど、

それも また 後日、ということで。

 

 

情報は、↓こちらから、どうぞ。

葉っぱ  中皮腫・アスベスト疾患・家族と患者の会

とっても丁寧に 対応していただけます!

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

先週の土曜日、両親と一緒に

<中皮腫・アスベスト疾患・家族と患者の会>の

イベント相談会へ 行ってきました。

 

父が 以前から 興味を示していて、

事務局の方に、何度か お電話では

お話を伺っていたそうなのです。

 

今回、埼玉県で 相談会をやる、という

ご案内をいただき、

初めて 出かけてみたのでした。

 

 

行ってみて、よかったです!

 

事務局の方が 個別で 丁寧に

面談をしてくださいまして、

さまざまな 情報を得ることが できました。

 

 

主治医から 緩和ケアへの移行を

告げられたことに 関しても・・・

 

最近では、「緩和ケア」は 最初から

治療と併行して 進められる場合もあり、

「緩和ケア」という言葉が 即、

終末期を意味するものではない、

とのこと。

 

今後の治療法について

改めて セカンドオピオンを 受けてみたらどうか?

という ご提案とともに、

中皮腫の症例を多く 扱っている 専門医を

ご紹介くださいました。

 

 

また、労災認定に関わることでも、

他の事例を 取り上げつつ、

あれこれと ご説明くださったことで・・・

 

なんていうのでしょうか。

 

父が 抱えていたと 思われる

勤務先だった会社に対する わだかまりも、

多少は 小さくなったのでは?

というふうに、感じました。

 

そういう、感情的なわだかまりを

いつまでも 抱えているのが 得意な

父なので(笑)

 

ひとつ 減らすことが できた上に、

新たに 会社に対して感謝することのできる

ネタが 増えたのは、

家族としても、ありがたいことでした。

(不満をぶつけられるのは 家族ですのでね。)

 

そういった意味でも、

正しいことを 「知る」の、とても 大事です。

 

 

そして、なんといっても!

本当に、丁寧に、話を 聴いてくださったこと!!

 

事務局の職員さん、やはり、仕事柄、

カウンセリングなどを

学ばれているのでしょうか。

 

それとも、これまでの ご経験から 生み出された

在り方なのでしょうか。

(もともとの ご本人の資質も あるかと思いますが。)

 

 

車で待機していた 認知症の母を

連れてくるため、私は、

面談の場には 途中から 合流したのですが。

 

深く 頷きながら、メモを取りながら

父の話を聴いてくださっている

職員 Aさんの姿に、

頭が下がるばかりでした。

 

 

「患者の話を 聴いてあげましょう」

とは、どの本にも、どのパンフレットにも

書いてあることなんですけれどもね。

 

病気になる ずっと 前から、長い間。

 

ときには 共感を 示しながら、

ときには すべてを吐き出せるよう 煽りながら、

ときには 違う視点を持てるような アプローチを

加えながら、

ときには ただ ただ 受け止めて・・・

 

父の、愚痴・不平不満・悪口を

ひたすら 聴き続けてきたんです。

 

自分自身が 壊れそうになって

距離を置き始めた直後に、

父の病気が 発覚したのですが。

 

一度 いっぱいになってしまった

私の中の ‘愚痴処理場’は、

そう簡単に スペースを空けることは

できませんでした。

 

 

いまでも、いくら 病人であるとはいえ、変わらず、

自分を顧みることなく すべてを 他者のせいにしている

父の話を 聴き続けることに

かなりの困難を感じているのが、 正直なところ。

 

それは、(私の)妹も 同じで、

彼女が かなり辛そうにしているのを

見ていられなくなり・・・

 

例の、ありがとう作戦 について

父に話したのが、

この相談会へ出向く ちょうど1週間前のこと

だったのでした。

 

 

そんな中、お仕事とはいえ、

アカの他人である Aさんが、とても 親身になって

父の話を聴いてくださっていることに・・・

 

その場に同席していただけで、

私までもが癒されるような感覚を

覚えたのです。

 

 

 

面談の後には、

懇親会にも、参加させていただきました。

 

面談と同時進行で行われていた講演を

聴きにいらした方には、

すでに ご家族を亡くされた 遺族の方も

多かったようです。

 

このような会の目的は いろいろと あるでしょうに、

その中でも 今回は、

(進行中の)患者本人を励ますことに

重点を置いてくださったようで。

 

進行役のMTさんが、努めて 明るく、

ときには(いや、ほとんどの時間?)

冗談を交えつつ・・・

 

たぶん なんとなく 居心地の悪い想いを

していたであろう 父にも

あれこれと 話題を 振ってくださり、

そのご配慮が、とても ありがたかったです。

 

 

また、その場に いらっしゃった

会長のKさんと、ゲストのMGさん。

 

ご自身が患者であるにも関わらず、

とにかく、明るいこと!

 

「前向きに」という言葉を

何度も おっしゃっていましたが、

それを 自ら 体現されているのです。

 

おふたりからは、

それぞれ 種類が 異なるのだけれども

ひとを勇気づけるような 素晴らしい 雰囲気が

あふれ出ていて、

同席した 私たちも、とても 励まされました。

 

 

この「前向きに」 ということに関しては

その後 ちょっと 思いついたことが あったので、

後日 また書くかもしれません。

 

 

帰りの車の中で、父も、

「以前から 行ってみよう、行ってみようと

思っていたのだけど、

今回 初めて 足を運ぶことができて、よかった。」

と 話していました。

 

「あのAさんは、電話で 話しているときから

とても 感じが良くてね。

あの人が勧めてくれたから、今日のイベントも

行ってみようという気になったんだ。

いろいろ 説明してもらえて、よかったな。」 ・・・と。

 

おぉ、あの、

「ヒトを見たら 泥棒と思え 批判しろ」 の、父が!

ヒトを、褒めているではないかっ!! (笑)

 

懇親会で いただいてきたばかりの

前向きエネルギーの種が、

さっそく ハジけ始めたようです。

 

 

 

いまは お酒を飲めないので

(飲むと 心臓が バクバクして 苦しくなるのだとか)

昔の仕事仲間との飲み会にも

参加できずにいるそうなのですが。

 

これからも、体調が許す限りは

外へ出る機会を 増やしていきたい、と、

父は 言っていますし、

私も、そうしてほしいと 思います。

 

 

引退してからは

名刺というものを 持たなくなっていた、

父のために。

 

そして、今後の新しい出会いのために。

 

名刺を つくることにして、

5種類のサンプルを 実家へ郵送しました。

 

どれを 気に入ってくれるかな。

 

どんどん 外へ 出かけて行って、

いろいろな人(の価値観)と 出会って。

(さらに願わくば、それらを 受け入れて。)

 

少しでも 意識の変革が 起こってくれれば、

この先も まだ 望みは あるんだけどな。

 

 

「あとは 本人の意識次第だ」とか なんとか

言いながらも、

実は まだ あきらめていない・・・

 

誰に似たのか、往生際の悪い、娘です。

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

波動の上書きの、続きといえば、続きです。

 

 

どのようなコースを 辿って

感情が 肉体にまで 影響を 及ぼすのか?

 

そして、「ありがとう」という言葉の波動によって、

それまでの習慣化した波動が 打ち消される、

ということ。

 

ホワイトマジック講座の復習として、後日、

そのときのノートを 読み返した 私は、

そこに書いてあった その数行に

とても 勇気づけられたのでした。

 

 (↑ココまでが前回の内容。)

 

 

と、言うのも。

 

その前の週に 実家へ帰ったとき、

相変わらず、愚痴と悪口ばかり 言っている

父に対して。

 

人間のエネルギーシステムや

感情が肉体に与える影響について、

めちゃくちゃ簡略化して 説明し・・・

 

父の発している言葉の ネガティブなエネルギーが、

自分自身の肉体ばかりか 他の家族にまで

どれほど 多大なる影響を与えているのか?

ということを、話した上で。

 

では どうしたらいいのか? について、

「とにかく 自分自身に 『ありがとう』 と 言うこと」

を、勧めてきたばかりだったから。

 

 

先月 受けたばかりの 講義について、

そして、そのノートに書いてあった内容については、

そのときは すっかり

忘れてしまっていたんですけどね。

 

脳のどこかに、これまでに お勉強したことが

積み重ねられていたからこそ、

急な場面でも、そのような話が できたのでしょう。

 

 

日頃、他者の意見には まったく 耳を貸すことなく

自分を守るために 相手を攻撃することに出る、

という方法を 取り続けてきた、父ですが。

 

「一度しか 言わないから。

すごく大切なことだから、途中で 口を挟まないで、

最後まで、ちゃんと 聴いてね。」

 

そう前置きして 話し始めた私の 迫力に

圧倒されたのか?

意外と素直に、最後まで 聴いてくれました。

 

 

もっとも、父が その話を 信じたかどうか?

 

そして、その後、実際に 「ありがとう」作戦を

実行しているのかどうか?

 

はたまた、同居している家族に ネガティブエネルギーを

ぶつけるのを、止めたのかどうか?

は、わかりませんが。

 

父の病気は、もう かなり 進行して

止められない状態になり、

積極的治療から 緩和ケアに移行することを

主治医から 告げられました。

 

(階段を上るのが辛くなり、食事の量も減ったものの、

いまのところ、調子の良いときには、

普通に 生活できています!

あれだけ、悪口が 次から次へと 溢れ出てくるんですもの、

肉体以外は、ものすごく 元気なのです。)

 

 

そんな父に向って 話しながら、私は 自分でも、

「これ、普通のひとには、突飛すぎて

理解しろ、信じろ、と言っても、無理だろうな」

と 思っていたんですけど。

 

受け取ろうが 受け取るまいが、

それは、相手の勝手。

 

もう なにも方法が 残されていない以上、

自分が思う最善のことをやってみよう、と、

最後まで 迷いながらも、話してみたのでした。

 

 

もちろん、セッションと 同様、

相手のキャパシティを考慮した上での範囲

に とどめておきましたが。

 

正直なところ、その‘読み’も

正しかったのか、どうか・・・?

(投影が大きくなる分、身内には 特に難しいですね。)

 

 

結局のところ、話してよかったのかどうか、

いまでも、私には わかりません。

 

父のため、というよりも、

父からの間接的な攻撃で 疲弊している

同居家族のために、 話した。

 

そんな部分があったのも、否めません。

 

それでも、そのときの自分にとって 「最善」と

思えることだったのだから、

どのような結果になっても、自分で 受け止めます。

 

 

 

そして、私から 父へのアプローチも、

(特に、私の意識の持ち方において)

治癒を目指す積極的な方法から 緩和ケアへと

移行すべきときが来たのでしょう。

 

治癒を信じたからこそ

ときに 厳しい方法も 選んできましたが・・・

 

私自身の意識を、

‘どのように見送るのか?’という方向へと 

ハンドルを切るべき時期なのかもしれません。

 

 

ありがとうございます。