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ふんわりすとへようこそ!

~*~ I'm happy because I'm happy ~* ~

 

枇杷の種酒 を 仕込んでから、4ヶ月あまり。

 

 

 

すっかり その存在を 忘れていたのですが、

先日、梅干の甕に埋もれているところを

発見しました。

 

 

 

透明だった 米焼酎が、

なかなか 良い色になっていますね。

 

 

それはそうと、この頃、

枇杷の葉エキス(枇杷の葉を米焼酎に漬けたもの)を、

よく 飲んでいるんですよ。

 

父のために つくったものでしたが

見向きもしてもらえなかったため(笑)

もう 勧めるのは あきらめました。

 

調子の悪いとき、疲れたときなどに

私が 自分で 飲んでいます。

 

 

実は、この枇杷の葉エキス。

 

香りよく、ほんのり甘く、味わい深く・・・

普通に、お酒として、美味しいのです!

 

 

まあ、原価と手間と時間を 考えると

嗜好品として飲むのは もったいないから、

「ここぞ」というときだけの

とっておきの、お楽しみ。

 

ときには 水割、お湯割、ソーダ割。

ときには ストレートで、

ちびりちびりと 楽しんで 服用しております。

 

梅干も、

自分で 漬けたものは お手当効果抜群

なんですってね。

 

だから、この枇杷の葉エキスも、きっと

私の わからないところで

頑張って 働いてくれていることでしょう。

 

 

・・・と、そんなところに

枇杷の種酒が 出てきたものですからね。

 

うわぁい♪ と 喜び勇んで 味見してみたところ、

こっちは、まだまだ アオかった。

 

ああ、キツい!

とんがっている!

 

 

ちびまる子ちゃんで 言うならば

(なぜ ちびまる子ちゃんで 例えようとしたのか、

我ながら 不思議なのですが。)

 

同じクラスの女子(同じ 枇杷の類酒)

ではあるけれど

たまちゃんと みぎわさんくらい

違うのです。

 

 

でもね、まだまだ 漬け始めて 4ヶ月

ですものね。

 

みぎわさんが 大人なっても

たまちゃんのような癒し系にはならないでしょうけど。

(もちろん、みぎわさんには みぎわさんの良さがある。)

 

この枇杷の種酒も、

時の流れを経験することによって、

きっと、優しく  美味しく 薬効あらたかな

お酒となってくれるはず。

 

そう 信じて、

成長するのを待たずして 飲み干してしまわぬよう

また 奥深くへと しまいこんだのでした。

 

 

びわ 枇杷の葉エキス

びわ 枇杷の葉エキス その後

びわ 枇杷の葉エキス 使ってみました

びわ 枇杷の葉エキス 試用中

びわ 枇杷の種酒

 

 

ありがとうございます。

 

三連休の最終日、日曜日は、

ハートで向き合う エンド オブ ライフ ケア

<望みへ導くアドバンス・ケア・プランニング>

を 受講してきました。

 

 

 

 

すでに 7年ほど前から 認知症になっている 母には

もう 遅いかもしれないけれど、

まさに、父が、コレを必要としている、瀬戸際。

 

病状の変化を考えて 締め切りギリギリの

お申込みになってしまったのですが、

なんとか 参加することができました。

 

 

終末期にある患者の 真の望みを、

本人の意思決定能力が 低下する前に

周囲が 理解しておくことの、必要性。

 

そして、そのためのコミュニケーション方法

について、主に学んだのですが・・・

 

これって、なかなか 難しいですよね。

 

 

うちの父は、元気な頃から わりと

「延命治療はしなくていい」 「臓器提供をしたい」

「墓は どうしようか?」 などと、

口にしていたんです。

 

が、いざ、それらが迫りくる気配の中では、

本人からも、家族からも

そういった話は 切り出せないもの。

 

誰もが 「話し合っておくことが 必要だ」とは

考えてはいるものの、

そこは 避けて過ごしてしまっていますし、

そんな余裕もないのが、実情です。

 

 

それが、この講座を受講した結果、可能になったのか?

というと、それは どうなのかな。

 

講座は、医療関係者という立場からの

考え方、接し方が メインでしたので、

それを 家族という立ち位置に 置き換えて 実行するためには

工夫が必要である、と、感じました。

 

けれども、結局のところ、

患者の望むことを 聞き出す = 知っておく

ということは、

本人が望むように過ごすことを サポートするため、

つまり <本人のため>なのです。

 

 

そして、切り口は

ちょっと鋭いかもしれないけれど。

 

自分の望みを伝える、ということは、

どのように 生きていくことなのか?

ということでも、あるのです。

 

 

私自身、いまは まだ 消化できていなくて

歯切れが悪い状態なのですが。

 

いますぐ 実行に移せるようになったわけではないけれど、

準備を整える一歩を踏み出したのは

間違いないでしょう。

 

・・・ そんな悠長なことは 言っていられない

のかもしれないけれど。

 

 

 

実は、私が この講座を 受講しようと 思ったのは、

具体的なテクニック等を 知りたい、というよりも、

自分自身の意識の変化を 求めて、

という理由からでした。

 

そういった面で言うと、

得たこと、というか、改めて 確認できたことが

たくさん あったように 思います。

 

自分の持っていた概念の崩壊も、ありました。

 

 

結局のところ、すべては、自分の中にある。

問題も、そして、答も。

 

その結果、あくまでも いま この時点での最善

という範囲ではありますが、

1つの結論に たどりつくことが できました。

 

 

それらについては、また 後日、

書けるようだったら 書いていこうと 思います。

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

このところ ずっと、寝不足気味なんです。

 

生活のペース、特に 平日は

いままでと さほど 変わっていないはずなのに、

どうしてだろ?

 

 

自分を 観察してみて、わかりました。

 

猫娘からの、「抱っこ~♪」の ご所望を

断らないからだ!!

 

 

猫って、モノワスレ、激しいですよね。

 

さっき 抱っこしたばかりなのに、

少し経つと また すぐ

抱っこのおねだりをしてきますよね。

 

「今日は いちども 抱っこしてもらっていません!」

って 顔して。

 

 

でも、飛びかからんばかりに

猫こたつの上から 身を乗り出してくる

ちゅぅちゃんの姿を 見ると、

ついつい 抱っこしてしまう、ここ数ヶ月。

 

それで、家事その他が 押しに押して、

ベッドに入る時間が 遅くなっていたのでした。

 

 

あ、これまでも、もちろん、

「抱っこして~」と 言われたからには

なるべく お応えするようには

してきたんですよ?

 

だけど、人間たるもの、

あれやこれやで なかなか 忙しい。

 

ついつい、

猫娘のお相手が 後回しになってしまうことも、

多かったのです。

 

 

でもね、コレを 読んだら、突き刺さった。

後回しにできなくなった。

 

矢印


 

 

そんなわけで、抱っこに励む、日々。

 

あ、ちゅぅちゃんは、元気です!

余命宣告されたワケではありません!!

ご心配なく。

 

 

なんでもいいから、抱っこ・・・ハート

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

先月から 下巻に入った、「ホワイトマジック」

 

読み始めるなり、

思わず 溜息をついてしまった 部分が

ありました。

 

 

すべての熱誠家たちが努力すべきことは、

圧力に抵抗したり 逆らったりすることでも、

それと 戦ったり かわしたりすることでもない。

 

そのような方法は、注目を 非自己に集中させ、

混沌状態を悪化させることになる。

 

行うべき努力は、高位我と接触し、

それを安定した しっかりした状態に保ち、

直接的な整列状態を生み出す

といったものである。

 

(アリス・ベイリー著 「ホワイトマジック」 下巻

P.13-14 より 引用しました。)

 

 

 

 

ちょうど この頃、私は、

父の病気の悪化など、いろいろ 考えるべきことを

山ほど!抱えていまして。

 

それこそ、‘混沌状態’なるものの中に

いました。

 

真夜中や 早朝、ふと 目が覚めると、

あれやこれやと 不安や心配が 襲ってきて

眠れなくなってしまうほど。

 

 

そんなときに 助けとなったのは、やはり、

瞑想ですね。

 

自分を取り巻く さまざまなものから

いったん 距離を置き、

混沌状態から 抜け出すことが できました。

 

 

「もしかしたら、これは 現実から 逃げているのか?」

なんて 疑問が浮かんできたことも

あったけれど。

 

とにかく、自分が 落ち着くことが、最優先。

 

まずは 平安なる気持ちを 取り戻してから

改めて 状況を見てみる、

ということを、私は 選んでいたのでした。

 

毎日、その、繰り返し。

 

 

そんなときに出会ったのが、

「ホワイトマジック」の中の、この文章です。

 

さきほど、「溜息をついた」 と 書きましたが、

それは、「やっぱり、そうだよね」 という

苦笑い交じりの、賛同の、溜息でした。

 

 

「高位我と接触」 というのは、魂とつながること。

矢印 魂・冷静沈着・忘我・良識 ~ 『ホワイトマジック』 「規定10」

(詳しくは、神尾先生のブログ記事にて。)

 

ただ、これ、私にとっては、

サガプリヤ・ワークで 言うところの

「自分の中心に戻る」 「自分とつながる」 に、

当たります。

 

 

いまの私たちの進化段階においては、

真の意味で「魂とつながる」ことは

非常に 難しいようです。

 

魂と ‘常時接続’できるようになったら 人間卒業、

っていうくらいですからね。

 

いまでも、いちばん深い眠りの中では

魂とつながり、

魂からエネルギーを得ているらしいのですが。

 

パーソナリティとしての意識を保ちつつ

魂とも つながり続けるのは、

至難の業なのでしょう。

 

 

だけれども、

「できるかどうか?」「できているかどうか?」 よりも、

そうなるべく 努力し続けることに、

私は 意味があると 思うのです。

 

 

 

魂と パーソナリティの関係を 示すのに、

講座では、よく このような図が

示されるんですけど。

 

 

 

 

私の 個人的な感じ方としては、

魂は、この図のように 「上」 の方にあると同時に、

自分のずっと奥、「内側」 にも、ある。

 

そんな感覚を、持っています。

 

 

だからこそ、まずは 自分の中心へと

向かっていくのです。

 

自分の奥深い部分にある、

平安のスペース。

 

湧き水が こんこんと あふれ出ている、泉。

 

 

いまの私にとっては、そこが、

魂と接触するために目指すべき 一番近い場所

と 言えるのかもしれません。

 

 

魂、泉で 水浴びしてるよ・・・

 

 

 

行うべき努力は、高位我と接触し、

それを安定した しっかりした状態に保ち、

直接的な整列状態を生み出す

といったものである。

 

ホワイトマジックの この箇所を読んで。

 

どのような角度からのアプローチにしろ、

「結局、すべては コレに尽きるんだな」

と、改めて 思ったのでした。

 

 

ありがとうございます。

 

 

 

流れ星  秘教について、詳しく(正しく)は、

神尾学先生のブログ または 新サイト エソテリック・サイエンス

を、ご覧くださいね。

 

 

 

 

 

我が家では、ここ数年

電子レンジを ほとんど 使用していません。

 

(使っていたのは、施術で使う ホットタオルを

つくるときくらい。

ここ1年は、あまりに 使わないので、

コンセントから 電源コードを 引っこ抜いちゃった。)

 

なので、いつも、猫娘用のササミは、

小さく切り分けてから

小さなフライパン+少量の水+蓋で

蒸し焼きにしていました。

 

 

でも。

おぉ、この方法が あったのかっ !?

 

 

 

 

先日、やってみましたらね。

(私は、炊飯用の小さな土鍋を 使いました。)

 

すごく しっとりした、

見るからに 素敵な 仕上がりになりました!

 

 

ちゅぅちゃんの晩御飯用に

茹で上がったササミを 割いていたんですけど、

思わず、つまみ食い。

 

そしたら、火の通り具合が 絶妙なんです。

 

ジューシーで、柔らかくて・・・

もう、美味しすぎて、手が 止まらなーい!

 

(今回は、たまたま ちょっと いいササミを入手した、

というのも あるのでしょうけど。)

 

 

私、茹でたササミ、なにもつけずに

そのまま 食べるのが 好きなんですよ。

 

あやうく、1本 食べてしまうところでした。

多めに 茹でておいて、よかったー。

 

もちろん、その後、自分の晩御飯でも、

塩をした千切りキャベツと 割いたササミを 混ぜ、

サラダ風にして、食べました。

 

 

ほどよく 温度が下がってから

割き始めることになるので、

指先が 熱くならないのも、いいですね。

 

その代わり、しつこいけれど、

つまみ食い 注意!

 

 

ちゅぅちゃんも、いつもとは 食べっぷりが 違いました。

お代わりの連続で、‘わんこそば’ならぬ

‘わんこササミ’状態。

 

今日のササミは、やけに 美味しいわ。。。

 

 

でしょ?

 

でもね、横着していないで、

ちゃんと 起き上がって 食べなさいよね。

 

ササミ ササミの素敵な茹で方 (by 宮咲ひろ美さん)

 

 

ありがとうございます。