サイキック・マッサージの可能性 | ふんわりすとへようこそ!

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~*~ I'm happy because I'm happy ~* ~


序章

左足首の怖れ

右膝の慟哭 の続きです。


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マッサージが 終わった後、Aさんは、

いつもの ゆっくりとした 静かな口調で

こんなことを 話してくれました。


いま、あなたには、

まさに 完璧なことが、起っています。


これまでも そうしてきたように、

部屋の中にある ガラクタを

またひとつ、窓の外に、放り出した。


そして、この

ガラクタを 放り出す作業は、

これからも、ずっと 続いていきます。


そういった意味では、

起るべき(必要な)ことが、完璧に起っている、

と、言えます。


唯一、問題があるとするならば・・・

それは、泣くのを我慢していること。


あなたは、いま、

不要になった 古いパターンを 脱ぎ捨てようと

していて・・・


(中略・・・というか、詳細を、忘れました!)


あなたの男性性は、いま、

もっと 瞑想的に、もっと 自由に

生きたいと 思っている。


ところが、女性性の方は、

それを、良くは 思っていない。



私は、どきっとしました。


なぜなら、自分でも

同じようなことを なんとなく 感じていたから。


そこで、質問してみました。


古いパターンを 脱ぎ捨てることと、

女性性の思惑・・・

男性性が自由に生きることを 快く 思っていない、

っていうのとは、

なにか 関係があるんですか?



Aさんは、少し考えた後、また 話し始めました。


言い方を、変えるね。


あなたは、いままで、「いい子ちゃん」でした。


そして、これからは、

「悪い子ちゃん」に、なります。



ああああ!

そういうことか!?


ここで、いろんなことが、結びつき始めました。


「いい子ちゃんを やめる」 というのは、

ここ数年 私が取り組んでいる テーマ

でもあるんです。



マッサージの最中に

「泣くのを 我慢しなくて いいんだよ」

と 言われたとき、

私は、全然、我慢しているつもりなど

なかったのだけれども・・・


振り返ってみると、たしかに、そこに

「いい子ちゃん」 のカケラが、

残っていたのですね。


数十年に渡って 背負い続けてきた

‘長女気質’が、

自分でも 気づかないうちに、

自分の行動を、制限していたのでしょう。


この 「いい子ちゃん」「悪い子ちゃん」

という表現は、

私の中にある さまざまな種類のドアを

開けるための、

‘魔法の鍵’となったのでした。



以前にも 感じたことですが、

Aさんのシェアリングは、

言葉の使い方が、とても 美しいのです。


比喩、というのかな。

タトエが 的確で、わかりやすいから、

すっと 入ってくるんですよね。



「ガラクタを 窓の外に 放り出した」

というのも、

まさに、その通り。


私を 大きく揺さぶった、

その前日に 起ったこと、というのは・・・


部屋の隅っこに 放置してあった

ガラクタに、

サガプリヤさんの放つ 強烈な光が

当たることによって、

その存在が 明らかになってしまった。


それまでは 暗い中にあったため

自分でも 見えていなかった

そのガラクタが、

急に 姿をあらわしたものだから・・・


しかも、それが そこにあることには、

自分でも うすうす

気づいていたものだから・・・


私は、あわてふためき、

動揺しまくった。


ただ それだけのこと、だったのです。



それまで 問題だったことが

「ただ それだけのこと」 と 思えるように、なる。


これこそが、サイキック・マッサージです。


そのこと自体は、

これまでにも 何度も 経験していたし、

理解していたつもりでした。



けれども、ここまで、

自分の身体の こと細かい部分で・・


たとえば、左脚の足首で、

ものすごい怖れを 感じたり。


右脚の膝で、

男性性の声(言葉)を聴いたり・・・


(その他、多数あり)


身体が 発しているものを、

ひとつ ひとつ ていねいに 感じ、

理解し、受け入れる。


その過程を

ここまで 身体で 感じたのは、

初めてだったかもしれません。


(↑ 似たような経験は これまでにも あったけれど、

その強烈さを また更新した、という感じかな。)



たかが、と言っては 言葉が悪いけれど、

あえて 言います。


たかが マッサージ ひとつで、

ここまで、出来るんだ?


私の中での

‘サイキック・マッサージ の可能性’が

さらに 広がったのを、

驚きとともに、感じていました。




「悪い子ちゃんになります!」


私は、Aさんに そう宣言し、

少し ゆっくり 横たわったままの状態で

時間を もらいました。



天井を見つめて 思い浮かぶのは、

3年前の、あの セッション。

星?(参考記事) 暗闇からの生還


あのときも、

「泣きたいときには、泣いていいんだよ」

と 言ってもらったんだっけ。


(注 : 後日 ブログを 読み直してみたら、

「怖いときには、泣いていいんだよ」 でしたが。)



へへへ。

結局 3年 経っても、同じようなこと、

言われているんだなー


照れくさいような、恥ずかしいような、

懐かしいような。


そんな気持ちから

じわじわと 涙が あふれてきて、

私は、また、枕元のティッシュに

手を伸ばしました。



そして、次の瞬間・・・


号泣していました。


うわん、うわんと、子供のように、

声を出して、泣いていました。


いつもだったら、

声を殺して 静かに 泣くところを。


悪い子ちゃんに、なる!

と、決めたばかりだもの。


思いっきり、叫ぶように、泣いていました。



そして、しばらくすると、

その泣き声は、 笑い声に 変わりました。


がはははは!


なにが おかしいんだか わからないけれど、

いまは、おかしくて、たまりません。


さきほど、左の足裏で感じた

こみあげてくる笑いが、

いまになって 爆発したのかもしれません。


私は、腹の底から、大声で 笑い続けました。



と、今度は、また それが

急に 泣き声と涙に 変わって、

ぐわんぐわん 泣き出して・・・。


気づくと、一度は 立ち去った Aさんが、

また そばに来て 椅子に座り、

そこで 一緒に いてくれました。


なにも 言わずに、

ただ そこに いてくれました。



私は、しばらくの間、

泣いたり、笑ったり、笑ったり、泣いたり・・・を

繰り返していました。


そして、あるとき。


走り回っていた 猫が

ある瞬間に 立ち止まって

いきなり 毛づくろいを 始めるかの如く・・・


とつぜん ピタっと 泣き止み、

なにごとも なかったような顔で

むっくりと 起き上がったのでした。



* 後から 聞いたところによると、

お隣のテーブルで セッションを 受けていた

Eちゃんは、「いったい、なにが起こっているんだ!?」

と、気になって しかたがなかった、

とのこと。


あの場にいた みなさま、ごめんなさい!

こういう事情だったんです。

お騒がせいたしました。




さて、こんなふうにして。


転んでも タダでは起きない私は、

さまざまな お土産を 手に、

サガプリヤ・ツアー 2014 から

戻ってきました。



実は、今回 お見舞いされた 受け取った

サガプリヤ・ショックは

これだけでは 済むことなく・・・


その翌日には さらなる打撃を

食らうことと なりました。


(あ、いまは、もう 落ち着いていますから、

ご心配なく!)



いつも そうなのですが、

サガプリヤさんは・・・


その時点での、私のキャパシティ ぎりぎりまで

攻めてくださるから、

一時的には ショック状態に陥ったり、

理解できなくて 消化不良を 起こしたりする

ことも、あります。


けれども、後から やってくる 気づきは

ものすごく 大きくて、

その後 何年もに渡って、楽しめるんですよね。



今回も、自分が これまで 苦しんできた

ある問題と

半ば 強制的に 向き合わされることと

なったわけですが。


むしろ、

それを 解決するチャンスを 与えられた

ようにも、感じています。


それと 一生 付き合っていく覚悟を

固めると ともに、

もしかしたら、これで、楽になれるかもしれない・・・

という 希望が 見えてきて、

なんだか かえって 前向きになれたのです。



おかげで、その後も、

さまざまな気づきと 貴重な経験を 重ねながら

毎日を 過ごしています。


それらについては、また 機会があったら、

書いていこうと 思います。



ありがとうございます。








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