その日の夜、
クンダリーニ瞑想の第3ステージで
私は 静かに 座っていました。
そのとき、ちょうど
男性性側の方が 問題を 抱えていて。
Sayuriさんが 以前 どこかに 書いていらした
「立ったまま 男性性と女性性を 感じてみる」
というのを、また やってみようかな?
とも 思ったのですが、
そのときは それだけの余裕もなく・・・
ただ、座っていました。
すると、まもなく、
第3チャクラのあたりで
なにかが 起っていることに
気づきました。
・・・自分の一部が、死んでいく。
なぜ そう感じたのか?は、
わかりません。
「一部」というのが
なにを さしているのか?も、
わかりません。
それでも、そのときは たしかに
そんなふうに
感じていたのです。
なにかが、いま、
私の身体から 離れて
旅立とうとしている。
だんだんと 弱くなって
消えそうになっていく。
涙が あふれてきます。
欲望に 手を掛けさせない
神聖な、領域。
私は、私の一部が 死んでいく
その場に、
立ち会っていました。
自分の臨終を、ともに 迎える。
その様子を、
枕元で 見守っているような感じでした。
辛いわけでもなく、
苦しいわけでもなく。
あえて言うならば、ただ、悲しい。
引き留めようもないものを、
見送ろうとしている。
お別れの時間を、ともに 過ごしている。
涙だけが、あふれてくる。
それが、いつ 終わったのか、
わかりません。
本当に、
自分の一部が 死んだのかどうかも
わかりません。
確かめようが ありません。
なにかを 失った・・・ もしくは 手放した・・・
というような 感覚も、
残ってはいませんでした。
私は、そのまま 静かに、瞑想を 終えました。
あれから 10日ほど 経つのですが、
その後、なにかが 変わったわけでもなく、
いつものように 過ごしています。
ただ・・
不思議な、そして 貴重な 体験でした。
ありがとうございます。
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