中村倫也さんが興味、情報のきっかけではあるけれど、考えてみると、あたしは子供の頃から宇宙、空に興味、感心がある人でした。
て自覚なかったんです。なんだろう?
最近思うのですが、あたしの頭は2つは確実に分かれてて、空想的な頭と現実的と言うか、今現在はどうしたら良いか的思考が存在するなって。
博士の愛した数式と言う小説。
あたしにとって、尊い、とっても素敵だと思っている物語なのですが、それをKIBO宇宙放送局を観ていて、とても感じました。
やっぱり数学は尊い❣️
何故か今あたしが毎日観ないと居られない俳優のファンが、自分とどうも同じ名前の人が多いのが気になって仕方ない。
今まで自分の名前、そんなに居なかった、身近に合わなかったから、気にしてなかったけど、自分の好きな人へのコメントが同じ名前だと、なんだかやきもちみたいな感情になる。
なんだろうなぁ。何か別のニックネームにしてみたら良いのかな?
辛かったら、逃げる手段として命を経つのは仕方ないことだと思う。
けど、今のような時代、誰もが行動に制限されていて、いつ、どこで、誰が感染し、時に死に至るような状況化で、あえて、自ら命を経つ必要はあるのだろうか?あったのだろうか?
あたしは、2016年に病気で生死について考える機会をもちました。実は、その切羽詰まるまで、イヤ、正確には切羽詰っても、自分自身としては、それほど、死ぬことへの抵抗感はなかった。
実は今でもそう。毎日、自分なりの悔いのない生活をしているから。
でも、周囲の反応を目の当たりにして、生きている事?意味?を考えさせられた。
人(私)は、周囲に生かされているのです。
今まで生きてきて、何度か死にたいと思う事もあった。迷惑をかけずに逝くには?みたいなことを考え、試みた事もあった。
けど、実際病気になったとき、生きられるための最善の治療をしようとしていた自分に気がついた。
その思考を客観的に観ている自分がとても不思議で、またこの場に及んで実は生きたいのね!なんて、自分に驚いたりもした。
やれるだけの事をやって、ダメなら仕方ないと思えるみたいな思考回路。
一方で、現在を普通に過ごせなくて、耐えて、未来に希望を見出すことが正解なのか?
的な考えもでて、一旦、親にダメな弱い自分、話した事もあった。
という事は、あたしはその時、生きたかったのか?
いつ死んでも良いと思って生きていたのに、直面したら、実は生きようとしていた。
我ながら不思議な事で、今でも明確なことは言えない。
ただ今回の三浦春馬さんの死については、やっぱり多くの人を悲しみにさせていて、私も毎日泣いています。特別にファンではないけど、なぜか結構なショックです。だから、身近な方たちの悲しみは、計り知れないと思います。
意外と自分が思っているより、周囲は自分がこの世からいなくなることに空虚、絶望感を抱く事に気がついて、もうちょっと弱く生きても良かったのかもしれないのかな。でも、まだまだ若くて分かり得なかったかな。
でもホントに辛く悲しい出来事でした。
中村倫也さんには、私より先に亡くならないで頂きたいと節に思う今日この頃であります。。
がやっぱり嫌いだなって。
最近気になってる人の何が?なのか、ちょっとわかってきた。
仕事に対する姿勢が同じ思いな感じで、リスペクトなんだなって。職種は違えど。
だから、自分の姿勢見直して、そうだよね、そうしていきたいね。て、共感と尊敬と、同調と強み?強さ?みたいな、自分に自信が持てる?みたいなのかな?
他人に言われて改めて、確信持てるみたいなのかな?
で、弱いあたしは独りでちょっと泣いてしまうのですが。悲しいとは違うの、感動?なのか?
そして、改めて思ったのは、被害妄想的思考の人が嫌だなって。
だって、きっと発信した人は、需要がどんだけかわからなくて。もちろん、特集的に出したのだから、それなりの需要は見込んでいたり、または、企画した人はそれが絶対いい!て思ったけど、他の身近な人にはその良さがイマイチわかれなくて、
けど、また他の遠い外部では需要やとっても実は指示されてたりして。
それで、該当から外されてしまった支持者が被害妄想的発言をしてしまうとか。
なんか、悲しいなぁて思った。誰も悪くなくて、観たいなら、あたしここに居るので、観れないから、観たいな!こっちでも観せて!観られる状況作って!
とかならわかるなぁって。
もっと、ポジティブに物事を考えた方が楽しいし、気持ちも明るくなるのになぁ…
自分でも新たに人を好きになる、愛する?人って、現れる事ないと、ちょっと思ってた。
身体も心というか、頭?というか、心境の変化と言うのか……マジ分からないけど、手術して、色んなもん取って、ホルモン的なものも影響あるのかな?な時に胸きゅんな、人に出会いました。
てか、一方的に会っただけだけど。
全然彼の事知らないけど、全部好きだなって。存在が今のあたしの糧になる。
でも、あたしは子供が自分ではもう産めない。だから、誰かと相思相愛になる事は、積極的に出来ない。
上記のように、思う人が出来ても夢でしかない。
だからそんな時は、アイドル的に妄想、憧れで見守るしかないと思ってる。
今現在で、自粛とか色々制限されてるけど、あたしは全く困っていないと言うか、ストレスはないです。
強いて言えば、実家に帰っては行けないのかなぁと思い、帰れないでいるのが、ストレスと言うか、大きな心配事ですけど。ホントに親の状況が心配。
ただ、今日録画観たのだけど、日曜にやってた明智五郎のドラマ観たら、実際の舞台的な物がまた観たくなりました。
演劇でもいいし、ミュージカルでもいい。
あー歌舞伎もまたゆっくりみたいなぁ。
好きなんだよね。絵として、あーいう空間が。
最近の刺激として、改めて舞台が観たい熱を感じた作品でした。
はぁ〜♪( ´θ`)
メンヘラが正確にはちょっとわかっていないのですが、ドラマとして、凪のお暇は心動かされて、とっても面白いです。
メンヘラとは?とずっと気になっていますが、きっと、メンヘラ製造機がそばに居たら、あたしはメンヘラと言うものになりかねない。いや、昔は絶対製造されてたと思います。
今は、…色々物理的に真っ直ぐにいかないから、簡単には製造されないかなぁ
月曜からまた営業再開しました。が、
今日はあたし自身はお休みでした。
で、都合よく中村倫也さんとムロツヨシさんの仲睦まじい、SNSのやりとりをタイムリーに見てしまいました。
あたしは、暇か⁈と途中で思いましたが、まあ楽しいヒトトキだったからいいけど😃
ムロさんは、実はライフ人生に捧げるコントのキャラクターで、「どうしてやろうかしゃ」と言うのがありまして、それがあたしのツボで、ホント面白い人だと思っていて。
しかし、中村倫也さんの人生にムロツヨシさんが絡んでるとは、何とも言えない気持ち。
あたしも「凪のお暇」みるまでは、あまり気になる存在ではなかったけど、お家自粛中にハマってしまったので、過去を調べちゃったら、数々の作品とか観たことあったの、楽しく観てたの沢山ありました。
全然、気に留めてなかったけど、あーーってなった。
やーホント仕事始まってよかった。
まあ、仕事中も今ヒマだから、思わず口に出ちゃって、スタッフに
「何ですか?中村倫也の事ですか?主語抜けてますよ」
と言われてますけど。
久々にハマりましたね。武田君以来…そして、今や武田君には何も感じなくなってしまった…それはそれでなんか悲しいかな?とちょっと思う自分。
なんなんでしょうね、人の心って。10代からブレず、誰よりも男と言ったら、武田真治だったのに。
凪の…からの今現在での変り様
ま、あたしは知らなかったけど、だいぶ上昇傾向だから、目にする機会も増えてるのもありますよね、きっと。
と言う訳で、趣味[中村倫也]みたいな日は、いつまで続くのでしょうか?仕事が忙しくなったら、忘れるのでしょうか?ハタマタ、癒しとなりしばし、続くのでしょうか⁉️
仕事が臨時休業になってしまって、1週間かな。
はじめは急だったので、どうしようかなぁと思ってたけど。
まずは、体力落ちるのが怖いので、筋トレしないとなと。それと、有酸素運動的なこともやらないとなって。
それは意識して、出来てるかわからいけど、一応やってます。
それと、やっぱり掃除ですよね。
だいぶ終わりました。毎日ちょっとずつ、ターゲット絞ってやっています。日頃気になるところはまあまあ終わったなーと思っています。達成感。
そのためかはわかりませんが、今日は、ワインが進んでしまい、1本のスパークリングのんでしまいました。
で、明日の分予定の二本目もちょっと飲んでしまいました。
久々、いっぱい飲んだので、筋トレや何やら相殺ですね
何故かそんなに酔っ払ってはいない。