先月のトークライブで感じたこと。
10日の大阪でも思った。
私はスピーカーとしての「役割」でこの場にいるだけなんだなってこと。
「私の会」ではない。
「私のためにみんなが集まる会」ではない。
なんとなく全体に溶け込む私、「我」が消える私を話してる途中で感じたんです。
結果、運営してくれたメンバーがものすごい力を発揮して楽しんでくれたり
人に喜んでもらうってなんて素敵なんだ。
これぞ力が湧いてくる感覚だ、と思った。
でも「私のおかげ」ってことを手放すのは簡単ではない。
注目されたい。すごいと言われたい。
とか
大したことないと思われたくない。いいところ見せなきゃ。
とか。
結局は、「自分がどう思われてるか」に意識がいってるので
その気持ちでは自分のやってることは伝わりにくいし、広がりにくい。
そして、「こんな私すごいでしょ」的な悦に入る気持ちよさは
エネルギーを消費してしまうらしい。
家族でも同じかもしれない。「自分がいないとだめ」な状況をつくっちゃうのも
「手柄」を手放していない。
全体の循環を意識するってこういうことなんだね。
全体の一部である自分が力をもらってるイメージ。
私もまだまだ自分の手柄を手放せてない面があって、
自戒を込めております。
でも、本当に「人にどう思われるか」ばかり意識した行動が、
生み出すものは小さい。
それって「私が私が」という注目されたい、承認されたいタイプ以外も
「私なんて」と遠慮してるのも同じですからね。
これくらい自分の手柄を手放せてる人はすごい。なかなか難しいけど
「こういうことか」と参考になります。確かネットフリックスでも観れます。
さあ、手柄を手放して、他の人を立ててみよう。