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NOTRE MUSIQUE

Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.

MIAM.I.A.のデビューアルバム。
本名をマヤ・アルプラガサムといいスリランカのタミル族出身。映像デザイナーとして活動していた最中にエレクトロ・クラッシュの女王Peachesとの運命的な出会いを経てミュージシャンへと転身したとのこと。
なお、M.I.A.という名前は“Missing In Action(戦闘中行方不明者)”という意味だそうだ。彼女は11歳の時に内戦のため母親とスリランカを亡命しイギリスに移住して、現在はロンドン在住の28歳である。
そしてこの“戦闘中行方不明者”という名前は反政府軍の指導者であり現在行方不明である彼女の父親のことをかけた意味ではないかと憶測されている。
サウンドはヒップホップをベースにした独自の音楽性を持っており、非常に個性的である。シカゴ・ハウスやブルース、ダンスホール・レゲエ、スリランカの民族音楽などをの要素が含まれている。
低音を強調したリズムで、音数の少ないサウンドで政治的な意味合いの歌詞が多く、生々しく荒削りな感触もあるが、全体のイメージはポップでカラフルある。
一聴しただけですぐわかる非常に個性的な音楽ではあるが、不自然さは感じない。彼女の音楽の多様性はスリランカの民族音楽という自分自身のルーツに基づいた音楽がベースになっているからであろう。
なお、ジャケットも彼女自身が出掛けており、MC、トラック・メイク、プロデュースまで手がけるマルチなアーティストでもある。
今年のSummer Sonicにも出演が決まってるとのことで、ステージパフォーマンスも楽しみである。
Ry CooderRy Cooderの新譜。
ブエナビスタソシアルクラブの成功など、今だに多岐に渡って活動を続けているが、Ry Cooderとしてのソロ作は“Get Rhythm”以来15年ぶりである。
タイトルのChavez Ravineとは第2次世界大戦後の1940年代後半LAに存在したあるエリアの名前。
このエリアは当時低収入者たちが集まった住宅街で、1950年代に当時ニューヨークがホームグラウンドだった野球チーム“Brooklyn Dodgers”の興味を引くため、政治家や実業家たちがこのエリアに野球スタジアムを作る計画を立てたが、主な住民だったメキシコ系アメリカ人たちと衝突。約10年にもおよぶ論争の後、ドジャースタジアムの建設を強行し、住民達はわずかな補償金で引越しをしていったという歴史的事実のある街。
このアルバムは今となっては幻の街となってしまったChavez Ravineに住んでいた人のオマージュを15曲の作品にしたコンセプトアルバムである。特に“3rd Base, Dodger Stadium”という曲は、以前自分の家がちょうど3塁ベースのあたりにあったという内容で、非常に生々しい。
そして忘れてはいけないのが、ただメキシカンミュージックなど取り上げているではなく、このアルバムは彼自身が長年生活している故郷の不遇なヒスパニック系の人々に捧げているということである。まさにRy Cooderにしかできなかった音楽と言える。
今回はRy Cooder自身も久々に4曲でボーカルをとっており、ギターの露出も多い。その他、MidnitersのWillie Garcia、Los LobosのDavid Hidalgo、アコーディオン演奏者Flaco Jimenezなどメキシコ系アメリカ人を起用している。ソロ作ではあるが、方向性はキューバ音楽とのコラボレーションであったブエナビスタソシアルクラブなどに近いものであろう。
Ry Cooderはもともとワーナーブラザーズのバーバンクサウンドのスタジオミュージシャンとして活動して、70年代にはソロでいろんなタイプの音楽に挑戦するようになる。自分なりのスタイルで民族音楽といった当時ロックファンにはあまり馴染みのなかった音楽を消化し、自分の音楽を通して紹介してきた人である。ブエナビスタソシアルクラブの成功のように、伝統的な音楽も彼が関わることによって、新しい息吹が与えられる。逆に彼のオリジナル曲はそうした音楽に挟まれることにより、何年も前から歌い継がれてきたかのような風格を感じさせる。
そのため、こうしたミュージシャンたちの起用と共同作業についてのコツは熟知していて、今回のアルバムでも極めて自然体でのびのびとプレイしている。
また最近はあまり派手なプレイはなくなったが、ギタリストとしても一流の腕を持っていて、スライドギターはDuane Allman、Lowell Georgeに並ぶほどの名手である。
いろんな音楽を自分の中で吸収しているミュージシャンは数多くいるが、私はRy Cooderや昨日のPaul Simonのように、グローバルでオーガニックな方向に向かおうとするミュージシャンにとても弱い。
Paul Simon1973年リリースのPaul Simonのソロ2作目。邦題は“ひとりごと”。
Paul Simonは当時のStaple Singersのヒット曲“I'll Take you There”を聴いて、そのバックミュージシャンたちとレコーディングしたくなり、早速スタックスレコードに連絡。そしてこのアルバムに収録の“Take Me to the Mardi Gras”他4曲をマッスルショールズのスタジオで録音している。
このマッスルショールズのスタジオは先日書いたBoz Scaggsのアルバムが録音された場所でもあり、当時のスタックスやアトランティックなど南部系のソウルのレコードが数多く録音された場所。当時のサザンソウルのメッカのようなスタジオである。
Paul Simonは前作の“母と子の絆”でレゲエを取り入れたり、S&Gの“コンドルは飛んでいく”でインカのメロディーを取り入れるなど、ワールドミュージックを取り入れることに積極的な人なので、ここでのマッスルショールズのミュージシャンとのコラボは彼のキャリアの中では特別意外なものではない。
ただしこのアルバムに関しては、このスタジオで黒人ミュージシャンをバックに録音されてはいるが、R&Bという印象はそれほど受けない。“Take Me to the Mardi Gras”に代表されるように、R&Bというよりはむしろセカンドライン、デキシー、ゴスペル等といったより黒人音楽のルーツ的な要素が強い。そしてそういった黒人音楽のプリミティブな要素を取り入れながらもあくまで、Paul Simon自身のサウンドとなっているのはさすがである。
このアルバムの後、Jazz、Fusion系のミュージシャンと作った“Still Crazy After All These Years”や南アフリカのミュージシャンと共演し物議を醸した“Graceland”など、Paul Simonのソロ作は優れたものが多い。
S&Gでのアコースティックでの成功に留まらず、常に世界中の新しい音楽を追求し続ける姿勢は素晴らしい。
James BrownJames Brownの1971年のライブ盤(発売は後年の1992年)
1971年のパリでのライブで、Catfish CollinsとBootsy Collinsの兄弟が参加した唯一のライブ盤である。
60年代後半、黒人開放運動の盛り上がりともにJBも黒人に向けたメッセージソングを歌い始め、政治的な影響力も持ち始めている。1968年の“Say It Loud I'm Black & I'm Proud”は当時のブラックパンサーたちに脅かされて書いたという説すらあり、それだけ黒人社会におけるJBの存在感が強かったことを証明している。
この時期はサウンド的にも充実しており、Bootys兄弟という協力なボトムを獲得し、“Mother Popcornや”今やJBの代名詞であり、Funkの代表曲にもなった“Sex Machine”のヒットが生まれている。
ただしBootys兄弟加入と同時にメイシオが脱退し、このあと73年にはBootysたちもクリントンの元へと去ってしまい、JBの勢いは衰えていく。この後84年にアフリカバンバーら若者ラッパーらに助けられて復活するまで不遇の時代は続いたのである。
このライブ盤はそのBootsy兄弟がいたわずか4年間の間の貴重な記録である。
特にBootsyの骨太で太くうねるベースと兄のキャットフィッシュのギターは特筆に価する。
メイシオというスターを失ったJBサウンドの穴を埋めるキャットフィッシュのギターソロは凄まじいの一言。ギターを一切歪ませずにカッティングの延長でソロを弾きグルーブを作っている。
P-Funkに移ってからは派手なエフェクトを多用するようになるので、この兄弟の生身の演奏が聞けるのはある意味このアルバムだけかもしれない。
今では女性コーラスも参加しているが、この時期のコーラスはJBの良き相棒ボビー・バードのみ。JBとの熱い掛け合いを披露している。フレッドたちホーン隊も派手なプレイは少ないがアクセントのあるプレイで飽きさせない。
メイシオがいない分、JBの長い歴史の中では埋もれがちなライブ盤ではあるが、このバンドの男臭さ、体育会系なノリはJBの長いキャリアの中でもトップクラスの出来だろう。
この荒削りでワイルドな演奏はとにかく凄い。
Destny's ChildDestiny's Childの3枚目のアルバム。
先日、ツアー中に解散を発表したDestiny's Childは4枚のアルバムを発表しているが、もっとも彼女たちらしいアルバムといえばこの3枚目だろう。
デビュー以降メンバーの脱退・加入が続いたが、このアルバムで現在のビヨンセ、ミシェル、ケリーの3人に落ちついている。
映画チャーリーズ・エンジェルの主題歌としてヒットした“Independent Women”に始まり、キラーチューンが目白押しのアルバムで、テンポの早い曲が多く一気に聴けてしまう。
元もとが幼馴染で結成されたグループで、デビュー当時はアイドル的なイメージも多分にあったが、このアルバムにはもはやアイドルのイメージは微塵も存在しない。プロデュースをビヨンセが務めているとおり、彼女たちの表現したかったことやメッセージが詰まっている。
“Independent Woman”はタイトルどおり自立した女性の生き様を描いた歌であり、“Nasty Girl”では男に媚びる女性を軽蔑するかのような内容が歌われている。大ヒットしたアルバムタイトル曲“Survivor”に至っては男の力を一切借りず自分たちだけで生き抜いていくといった主張すら感じられる内容である。
セレブとしてファッション雑誌にもとりあげられる彼女たちではあるが、視線は常にクールで男にも読者にも媚びてはいない。体格もスタイルも良いが、日本のモデルたちの持つセクシーさとは違った種類のものである。そうした魅力は彼女たち自身が自分たちの魅力に絶対的な自信を持っているからこそ湧き出てくるものであろう。
彼女たちのステージやPVなど見ていると、とにかく裸足になる場面が多い。モードのブーツやハイヒールを脱ぎ捨てた裸足からはフェニズムと彼女たちの自信とプライドが感じられる。おそらく世界で一番裸足の似合うセレブたちだろう。
残念ながら今回のツアーで解散することが決まってしまい、今後彼女たちはソロで活動することになる。これまでもビヨンセのソロでの大成功など、十分な成果は出しているが、これからはよりいっそうそれぞれの真価が問われることになるのである。自立した女性の生き様を歌ってきた彼女たちの文字通り自立した今後の活躍を期待したい。
JamiroquaiJamiroquaiの新譜。
前作の“Funk Odessey”から約4年ぶりで、デビュー以来最長のインターバルである。
前作のプロモーションがちょうどあの911の直前で、デビュー以来環境保全や世界平和を訴えてきたJayKayはかなりのショックを受けたようである。
それに加えて、デビュー時代からの盟友であり、Jamiroquaiサウンドの要ともいえるキーボードのトビー・スミスの脱退。
さすがのJayKayもその状態から新作発表にこぎつけるまではこれだけの期間が必要だったということなのだろう。かつての名ベーシストであったスチュワート・ゼンダーも今やいないので、バンドメンバーを一新しての再スタートである。
シングルカットされた“Feels Just Like It Should”だけ先行して聴いていたのだが、かなりエレクトロニックなサウンドで明らかにこれまでの方向性とは違っている。
Jamiroquaiは当時全盛であったUKジャズファンクバンドとしてデビューした。当初のマスメディアでの取り上げられ方を見て、JayKayの音楽的スタンスから考えてすぐにオルタナティブな方向に行くのかと予想していたが、意外にもダンスミュージックにこだわり、自己のソウルミュージックを追求してきた。大きな変化こそなかったもののその姿勢は大いに評価できるし、リアルソウルにこだわりノリの良い音楽を作り続けてくれるのは個人的にも非常に嬉しい。
そのため今回のシングルにはかなり驚いたが、同時に今後の飛躍的な展開を期待できる内容であった。
そして今回のアルバムである。
前述のように911以降のJayKayの世界観倫理観を歌ったものが目立つ。
1st以降、フェラーリ趣味やファッション性といったものの影に隠れ、縮小傾向にあったJayKayのメッセージ性もより強力でタフなものに成長している。
サウンド面でも2ndシングルの“Seven Days In Sunny June”ではアコースティックギターを取り入れるなど、サウンドの幅は広がった。これまでトビー・スミスが引っ張ってきたサウンドは上手く他のメンバーに分散され、ギターの表情も豊かになり、バンドとしてのバランスは向上している。
そして結論を言うと、前述のシングル以外はこれまでのJamiroquaiサウンドの延長であり、前作以上に踊れる曲が多い。
そうした楽曲の中からあえて“Feels Just Like It Should”をシングルカットしたのは新たな方向性を目指していこうとするJayKayの決意表明であったのだろう。どちらかというと私も含めてファンのほうがついていけてないのだと思う。
世界情勢を深刻に憂うナイーブなアーティストでもあり、楽しい音楽を作って踊りまくる陽気なアーティストという二面性を持ったJayKの本質は変わっていない。
Jamiroquaiは911のショックと主要バンドメンバーの一新によってこのアルバムから新たなフェーズに突入したのであろう。
新メンバーでのライブも楽しみである。
職場の同僚の優さんから“Musical Baton”なるものが回ってきました。

これは音楽に関する4つの質問に答え、それを友人5人にTrackBackして回していくというもの。
いわゆるチェーンメールのように広がっていくものらしい。

なので今日はイレギュラーですが、この4つの質問に答えます。
 
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Q1.Total volume of music files on my computer:
 (今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)


  合計 約660GB

  [内訳] MP3 - 約250GB (そのうち40GはiPod同期用)
       動画 - 約420GB (主にライブ関係の動画)


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Q2.Song playing right now:
 (今聞いている曲)


  Jamiroquaiの新譜から“Starchild”

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Q3.The last CD I bought
 (最後に買ったCD)


  Seawind - Light The Light

  私の大先輩がBlogで書いてくれたバンドで、よく知らなかったので購入しました。
  
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Q4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me:
 (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)


1 Jealous Guy / John Lennon 

やはりビートルズ、特にジョンの歌には特別な思い入れがある。
一般的にはイマジンや平和運動なんかのイメージで、非常に強い英雄的なイメージがあるが、本当はすごく繊細で弱いひとで、それを正直に歌に託してきたひとである。
この曲はジョンのそうしたセンシティブな面がよく表れている曲で、ジョンの切ない歌声が胸につきささる。
ジョンは中学高校と多感な時代に精神的な支えとなった恩人である。
   
2 Stairway To Heaven / Led Zeppelin 

この曲と収録されたアルバム“Four Symbols”の渋谷陽一氏のライナーはその後の私のリスナー人生を決めるほどの影響力があった。
ロックがここまで確信的で肯定的で奥の深いものであることを思い知らされたと同時に、ロックの持つ無限の可能性を感じた曲である。
ドラマチックに盛り上がる曲で、最後の“To be a Rock , Not to Roll”というRock'n Rollという言葉をかけたフレーズには今もしびれっぱなしである。
ベタな動機ではありますが、私はこの曲のアルペジオが弾きたくてギターを始めました。
 
3 Ahh... The Name Is Bootsy, Baby / Bootsy Collins 

音楽の好みが変わっていく過程で、何度か転機になる曲が存在するが、これは当時ハードロック少年であった私をファンクやブラックミュージックの虜にさせた曲。
実際には誘われていったBootys New Rubber Bandのライブで聴いたのだが、とにかくぶっとんだ。
ほとんどメンバー紹介だけのための曲で、ライブではかならず最初にやるお決まりの曲。
バンドメンバーを順番に紹介していくのだが、Bootsy本人は一番最後でそれまではずっと後ろを向いている。
そして振り向いたときの満面の笑み、ド派手な衣装、歪みまくりでオートワウのかかったベース。すべてが衝撃的。
ドーム公演しか見たことがなかったロック少年は、六本木Jungle bassという狭い会場が熱気で揺れていることにもカルチャーショックを受けた。
なおこの日のライブは後日ライブ盤として正式リリースされたときには嬉しさ倍増だったな。
(Keepin Dah Funk Alive 4-1995というタイトルでリリースされている)
   
4 Fat Time / Miles Davis     
 
これは21歳当時興味がなかったJazzにハマる契機となった曲。
“The Man With The Horns”というマイルスの復帰後の1981年のアルバムに収録されている。
Jazzといえば4ビートだと思っていたし、Fusionはプレイヤー志向的でオタクな雰囲気が好きになれなかったが、ここでのMike Sternの破天荒なギターはとにかく今までのJazzに対する価値観をぶっ壊してくれた。(これをJazzと呼ぶかどうかは別の話だが)
クリーンなサウンドでクロマチックなフレーズを弾いたかと思ったら、突然思いっきり歪ませて今時ロック系のギタリストでもやらないほどのチョーキングの嵐。
マイルスはMike Sternにジミヘンのように弾けと言ったそうだが、こんな風に豪快に弾いて応えたマイクは凄い。マクラフリンやピートコージーなどこれまでのマイルスバンドのギタリストのプレイを総括した演奏になっている。
そしてこのひとは、プロにしては珍しいほどの練習好き。ツアー中でも自宅でもとにかくいつでも練習している。
練習といってもフィンガリングやスケール練習とか極めて地味で退屈な練習が中心とのこと。見習わないとね。。。
   
5 Deep French Kiss / Original Love 

社会人生活約8年のあいだで、唯一仕事でお会いしたMusicianがOriginal Loveの田島貴男氏である。
学生時代からOriginal Loveは大好きだったので、お会いしたときの感激は忘れられない。
この曲は初期Original Loveの中でも特に好きな曲で、2枚組のデビューアルバムに収録されている。音楽性はかなり変化したが、いまでもコンスタントにクオリティーの高い作品を出していて、どれも好きなのだが1曲選ぶとなると初期のこの曲になるかな。
今でこそ日本にもR&Bというジャンルが根付いたが、当時はこの手の音楽は渋谷系と呼ばれていて、いわゆる通好みの音楽として一般的なヒットチャートとは別なところで人気を集めていた。
Original Loveは当時その先駆者であり中心にいたバンドである。(いまは田島氏一人だが当時はバンドだった)
営業でお会いしたので、ファンだと最初に言ったときはただの営業トークにしか思えなかっただろうけど、いろんな話をしていくうちにわかってくれて、当時の新譜“ビッグクランチ”への思い入れを語ってくれた。
そのときにサインを入れてもらった“The Very Best Of Original Love”は私の宝である。

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以上、最後の質問はすべて“よく聴く曲”ではなく“思い入れのある曲”になってしまった。
内容的にいつもよりかなりパーソナルなものだが、ご容赦いただきたい。

そしてこの“Musical Baton”を日頃お世話になっている方たちにも回します。

きっとこういう企画には賛同してくれそうな方ばかりだと思いますが、よかったら参加してみてください。
当然、強制ではないので無理のない範囲で結構です。

よろしくお願いいたします。
Boz Scaggs&Duane AllmanBoz Scaggsの1969年のソロデビューアルバム。
今やAORの代表的なイメージが強いボズだが、元はブルースバンドであったSteve Miller Bandのギタリストであり、ルーツはかなりR&B(特にブルース)の人である。
このアルバムはR&BのスタジオとしてメジャーであったMuscle Shoals Studioで録音されており、バックは当時の凄腕のミュージシャンばかり。
そしてなんといっても目玉はDuane Allmanの全編参加、スライドギターとドブロギターでの参加である。1969年はちょうどAllman Brothersの1stアルバムが出た年でもあるが、デュアンはその前はWilson Picketsなどサザンソウル系のスタジオミュージシャンとして活動しており、その延長での参加であろう。(この頃のデュアンの素晴らしいスタジオワークはDuane Allman AnthologyⅠ&Ⅱで聴くことができる)
ボズの鼻にかかった艶っぽいセクシーなボーカルに絡むデュアンの粘着質なスライドギターが絶妙。
特に古いブルースのカバーである“Loan Me a Dime”はAllman Brothers時代を含めてデュアンのベストテイクの一つともいえる名演で、スタジオ盤でありながら12分という長さでデュアンの極上のスライドギターが堪能できる。そしてそれに負けないボズのボーカルも凄い。
オリジナルのタイトルはシンプルに“Boz Scaggs”だが邦題は“Boz Scaggs&Duane Allman”となっている。この2年後のデレク&ドミノスと同様に彼の参加なしでは成しえなかったアルバムといえる。今でこそこの二人の名前を知らない人はいないが、当時は二人とも駆け出しの新人。それぞれのその後の活躍によって評価を上げたアルバムである。
Boz ScaggsといえばAORというジャンルを牽引した“Silk Degrees”のイメージが強いが、私のまわりの40~50代の友人にはこのデビュー盤をベストにあげるひとが異様に多い。
なお、余談だがこのアルバムの中ジャケットでデュアンはなぜか一人だけオールヌードを披露している。Allman Brothersのファーストの中ジャケもみんなで素っ裸になっていて異様な雰囲気だったが、自分のアルバムならともかく客演で裸になることもないのに・・・やはりどこかキレた人だったんだろう。
Deep Purple今日はアメブロのメンテナンスのためお休みする予定でしたが
急遽延期になったので、通常通り書きます。


Deep Purpleの1972年のライブ盤。
タイトル通り日本でのライブを収録したもので、会場は日本武道館と大阪の厚生年金ホール。
デビュー直後は“Hash”のカバーなどポップなグループであったDeep Purpleは、1970年の“In Rock”からボーカルにイアン・ギランを迎えハードロックへ転向。このライブはその後“Fire Ball”“Machine Head”とひたすらハードなロックを追い求めてきた第2期Deep Purpleサウンドの集大成である。
海外でも“Made in Japan”というタイトルでリリースされて好調なセールスを記録したようだ。
その当時Zeppelinと人気を2分するほどのバンドに成長したのは、やはり金属的なボーカルでバンドのイメージを変えたイアン・ギランの影響が大きい。
Deep PurpleもZeppelin同様に、リッチー・ブラックモアとジョン・ロードというフリーなインプロヴァイゼーションを得意とする優れたミュージシャンがいて、このライブではスタジオ盤では聴けない凄まじいソロが聴ける。特にリッチーのソロはスタジオ盤だとオーバーダブでハモらせ綺麗にお行儀良く流れていってしまうの対して、このライブでは豪快にウネりまくるクレイジーなソロになっている。
(ギターを壊す例のパフォーマンスがこの頃あったかどうかは定かではないが・・・)
収録曲は直前のスタジオ盤で名作となった“Machine Head”からの曲が中心。
インプロヴィゼーションも決して長すぎず、全体を通しての無駄のない構成も見事。
面白いのが“Smoke On The Water”。この曲のイントロ、リッチーが世界一有名なギターリフを弾き始めると観客がそれに合わせて手拍子を始めるのだが、これが表拍になっていてとてもダサい。そこでリッチーはワンフレーズ終わったところで、観客の手拍子が裏拍になるように最初から弾き直すのである。
今やロック、特にヘビーメタルにおいて日本は決して無視できない重要な市場に成長したし、日本でしか認められないアーティストすら少なくない。当然リスナーの耳も進歩しているので、いまやこういったことはもう起こりえないだろう。まさに当時の日本ならではの出来事である。
そして、上記のように手拍子がはっきり聴こえているとおり、このライブは1972年当時のライブにしては抜群に音が良い。今はリマスター盤も出ていて、リッチーとジョンロードの音がはっきり分散して聴こえ、ハードロックという音量の大きい演奏でありながら、曲中の観客のレスポンスもはっきりとわかる。
この後、Deep Purpleに影響を受けたバンドはたくさん現れ、悪魔的(黒魔術的)要素、反社会的メッセージ、ファッション性(ヴィジュアル系)等、ハードロック自体にいろんな付加要素が加わるようになった。。
だが本来ハードロックの目指すものは音楽的なカタルシス以外のなにものでもない。“Highway Star”でも歌われているとおり、ハードロックの魅力は車やバイクで高速道路をぶっとばす快感と同じ種類のものであろう。悪魔的要素も反社会性もファッション性も必要ないのである。
このライブはDeep Purpleという極めて高性能なマシーンのエンジン全開のドライブが体験できるアルバムである。

アーティスト: Deep Purple
タイトル: Live In Japan (UK)
YardbirdsYardbirdsの1966年リリースのアルバム。
クラプトン、ジェフベック、ジミーペイジの偉大な3人のギタリストを輩出したバンドとして認知されていますが、キースレルフというスター性が乏しいボーカリストが率いていたバンドで、それほど実力のあったバンドとは言えない。メンバーチェンジを繰り返したのもあまり褒められたことではない。
このアルバムは2番目のギタリスト、ジェフベック在籍時のアルバム。
“ForYour Love”というヤードバーズ初のヒットとなった曲がコマーシャル過ぎるという理由で初代のクラプトンが脱退してしまい、代りにジェフが迎えられるが今振り返るとこのベック在籍時がバンドとしては一番まとまっていた時期。クラプトン時代はまだバンドとしての方向性が定まっていなかったことに加えて、録音の良い演奏があまり残されていない。3代目のジミーペイジもかなり実験的な試みをしているが、このバンドの力量ではジミーペイジの意図するサウンドにが実力的についてこれていなかったようである。(それがZEPP結成に至ったのであるが)
その当時ベックがどの程度このバンドに賭けていたかはわからないが、ヤードバーズの基本的なサウンドの方向性は2代目ギタリストであるベックによって作られたといって良いだろう。
ブルースロックをベースにしたサウンドだが、ここに彼ら(特にベック)ならではの批評意識が加わり、ファズやエコーといった当時ならではのサイケデリックな手法で独自のサウンドが確立されていて、クラプトン時代のブルースと比べるとかなりの成長がみえる。
そしてハイライトは“Jeff's Boogie”。このジミーペイジの作ったベックのためのインスト曲はこの後彼の代表曲となり、ベックはこの後ソロ時代までこの曲を演奏している。1966年当時ここまで革新的なギターを弾くギタリストが他に存在せず、彼の技術がいかに時代の先をいっていたかが証明されている。