ご無沙汰。


…って、読者でいてくれてる皆は覚えてんのかな?


まぁ、忘れてたら改めてよろしく(苦笑)




トランスジェンダーとトランスセクシュアルの中間みたいなFtM、泰斗です。








今日からテレビ東京系で始まった『IS~男でも女でもない性』を見ました。


原作を少し読んだことがあって、すごく楽しみだったんよ。




まぁ、以前読んだときは漫画喫茶で泣きじゃくって、帰られなくなったんだけど…


今回は、ちょっと違う視点で見てる気もします。




なんかね、何で性に関してはこんなに遅れてるんだろう?みたいな憤りがフツフツと出てきてさ。




性同一性障害は、本人の主張を信じるか信じないかみたいなところがあるでしょ?


見えないからね。


女の体で女で生活してた人に男だって言われても、急には信じられないだろう。


それでもわかる人はわかるけど。




その点ISは、誰が見たってわかる状態なのだから、それを男か女かどちらかにしろというのは、無茶な話だよ。




因みに知らない人の為に説明すると、


ISというのは、インターセクシュアルとか半陰陽と呼ばれる、身体的に男性的特徴と女性的特徴がMIXされた状態のこと。


と言っても、男性器も女性器も両方あるとかそんな単純なものでもない。


外性器の形状は男性に近い人が、第二次性徴では胸が膨らむなど女性化したり、とにかく複雑らしい。






ちょっと前は、こういう話をするとエロい想像しか出来ないやつがいたなぁ。


性の話と言うと下ネタしか思い浮かばないのは、見聞きして恥ずかしいし、何より呆れるわ。






体が男性とも女性とも言えないISは、性自認(本人の性の自覚)も男性の可能性も女性の可能性もはたまたそれ以外の可能性もある、と考えるのが自然だよね。




だいたい、ISが作られる要因も、性同一性障害として生まれてくる要因もわかっていないのに、何で体の性だけに囚われるのかな?




あのさ、あんたらが体の性別が命みたいに大事のように、俺らは性自認が死ぬほど大事なんだよね。




それに、体さえ女なら…女として育てれば…女になるんだって妄想は、どっから来るわけ?


だったら、性同一性障害は絶対に存在しないはずなんだよね。




FtMで、生まれたときから男の子として認められて、男の子として育てられた人なんて一人もいない。


周囲の誰もが女と信じ、自分も女と信じようとし、女になろうと努力し、それでも自分を欺けないことに罪悪感さえ持ちながら、生きてくる。


体が…育ちが…、そんなことが理由ならFtMはとっくに女になっている。




俺は間違いなく、今、女になってるよ。






なんかね、傲慢だと思うの。


性別(性自認)決めるなんて。




性自認は自分だって決めようのないものなのに、他人が決めるって神かよ(苦笑)






ISも性同一性障害も、基本は性自認だと思う。


性自認という概念を理解することで、解決できる出来る問題は確実にある。


それだけで全て何とかなる訳ではないけれど、少なくとも、見てくれを整えれば女(男)になるとかいう愚かな発想は減ると思う。






せっかく性同一性障害に生まれたから、俺は体に頼らないで男だって言い続けていたいんだよね。




それは、注射とか手術とかしない、するなって意味じゃないよ。


他の男と違う視点で性を見つめ続けていたいってこと。


男の身体的感覚がなくても男だと自覚する不思議は、FtMならではだからね。






『IS~男でも女でもない性』


見れる人は、是非見てほしいなぁ。
今日は小学校の運動会です。


おかげで、6時の花火で起こされました(笑)




北海道は梅雨がないこともあって、6月に運動会が結構多いです。


朝6時の花火は、運動会をやりますよというのと、これから場所取りOKの合図。


僕の家は歩いて10分程の小学校二つに挟まれているので、両方の花火が聞こえて目覚ましになります。




昼間家にいて窓を開けてると、練習の音楽が二校交じって聞こえてくることもあります。






今年は何といっても、『マル・マル・モリ・モリ!』でしょう。


ご存じ、ドラマ『マルモのおきて』のエンディングですが、1年生とか踊らないのかなぁ?






子供は好きな分、長時間見てるのは辛いんだけど、元気をもらえるので運動会覗いてきます。
お久しぶりです。




メールくれた人、新しく読者になってくれた人、そして、更新を待っていてくれた人、


音沙汰なくてごめんなさい。




こんな僕でも、いくらか必要としてくれる皆、ありがとう。








しばらく、書けないでいました。


言いたいこと、書きたいことはそれなりにありました。




けれど、何かを言葉にするのが…、表現するのが…、自分を出すのが怖いような…ずっと変なためらいがありました。




今日はすごく暗いので、余裕のある人だけ読んでください(苦笑)






外に出るのが億劫です。


人と接するのに、勇気がいります。




一歩外に出れば、自分がどこの誰だか明確にしなければいけないような気がして…


でも、本当の僕は誰も本当だと認めてくれないような気がして…






自転車一つ乗るのに、見た目や職業なんて関係ないです。


買い物ぐらいで身分なんか問われないです。


何か迷惑行為をしてる訳でもない。




僕は、犯罪者じゃない。




なのに、いつも責められている気がするんです。




特段力むこともなく、「男です」とただ自分を告げただけで、人に迷惑をかけているような気になります。




相手の疑いの目、戸惑う顔、必死に理解しようと同情する態度、嘲笑、腫れ物に触れるような空気。


どれをとっても嫌です。






僕さえ我慢すれば、面倒をかけないで済むのかと考えてしまう。


もう、女を演じることだって出来ないのに…








僕は今、誰を生きてるんだろう。




男でも女でもなく、ただその場の空気だけを調整する存在…




おまえ、誰だ?








もう、限界です。




アスペルガー全開で超自分勝手な父親と、常に傍観者の高機能自閉症の母親と、そんな親を許し世話するのが僕の務めだと言う祖母。




祖母は、僕のことを「のんきだ。楽な人生を生きている」と言いました。




のんきでしょうね。


仕事もせずに、35歳にもなってろくに将来の設計も立てていないのですから。


楽でしょうね。


親の金で毎日何となく生きてられるんですから。






そんなに羨ましいなら、あげるよ。


戸籍も体もない僕の人生を。




一人称、言葉遣い、おもちゃ、興味、関心、ランドセル、服装、髪型、トイレ、制服、恋愛、結婚、見た目、体、夢…


何一つ自分じゃない中で生きてきました。


『俺』は禁止され『私』を強制。
赤い幼稚園ジャージ、赤いランドセル、赤い書道セット、スカートの制服。
女子トイレ、女子更衣室。
彼氏いないの?どんな男がタイプ?
男との結婚、母親になることへの期待。
ペニスのない体は脂肪が増え丸みを帯び力も弱く、月経も始まる。


何一つ、自由になるものはなかったです。


努力して男らしくなることさえ許されなかった日々。




自分を自分だということも出来なかった。




自分でなければ、将来などない。


生きている感覚がないから。


だから、僕は夢を持ったことがない。






あなたが楽だと言う人生が、僕には苦しくて仕方ないのは、僕が弱いからですか?


何の努力もせずわがままに生きているからですか?






娘の自閉症に気づこうともせずに放置してきたこと、人の思いを感じられないアスペルガーの男を娘の夫としたこと、おかげで娘夫婦は子供の愛し方を知らず虐待し続けてきたこと。


全部、なかったことにするんですね。




父のわがままも母の無関心も僕のせいだと言うなら、僕はどうすればよかったんですか?


何も出来なくて必要ないなら、いっそ殺せばいい。








このまま、消えたくはないです。




僕にだってやりたいことがある。


今はちょっと夢もある。


遠すぎて笑えるくらいだけど…






もう、無責任な親の子守はやめたい。


祖母の責任転嫁に屈したくない。