東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできることブログネタ:東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること 参加中




僕は今回の震災で、本当にささやかながら義援金を出しました。


本当に気持ち程度です。




他に協力出来ることは、せいぜい節電に努めることぐらいです。




今の僕に出来るのはそんな程度のことでしかないです。






でも、一番大きいのは、そんな自分でも生かされている現実だと思いました。






僕は、北海道で地震は経験しましたが、何も被害はありませんでした。




まだまだ自分を生きられていなくて、人生を捨てたくなる瞬間はあります。


そんな自分なのに、布団があって、ご飯があって、お風呂も自由に入れます。




日々の生活もままならない被災地の人と比べたら、僕にも十分な幸せがあると感じます。




この幸せを忘れないことも、被災者へのお見舞いになるかなと思っています。






今回の震災で思うところは数多くありますが、中でもセクシュアルマイノリティとして不安になったことがいくつかあります。




一つは、治療をしていないFtMの場合。


トラシャツを着ていない状態で被災したら…


避難所で生活することになったら…


生理はどうする?


風呂はどうする?




治療しているFtMの場合。


ホルモン投与は継続できるのか…


術後間もなくだった場合は?




何より、僕らの性別事情など受け入れられるのだろうか…


そういう不安があります。




事情を説明しても、こんな時にそれくらいのことで…と言われてしまう気がしてなりません。




男湯だろうが、女湯だろうが、風呂に入れるだけマシと言える状況かもしれません。




それでも、僕は迷うような気がします。


10分、いや5分でいいので一人で入らせてくださいと、お願いすると思います。






差別されるからではありません。




自分ではない自分の体を、人に見られるのが許せないんです。




その体を知ってもなお男として接してくれたなら、それは嬉しく思います。


でも、見せたいものではありません。


理解できる人なら、見たいものでもないと思います。






僕のような人間がいること、性同一性障害が本当に存在するということは、知ってほしいと思っています。




僕らへの理解とは、それが全てだとも思います。




何かをしてほしいのではなく、性自認と見た目の性が一致しない人間がいる事実を知ってほしいのです。






理解されにくいとは思いますが、震災を通じて、改めて弱者であり少数者であると痛感しました。




そんな僕らに今出来ることは、少しずつでもセクシュアルマイノリティの実情を伝えて行くことなのかもしれません。


連日、京大の入試問題がYahoo!知恵袋に投稿された事件が報道されています。




面白半分に取り上げられている感も拭えませんが、注目して見ていました。


投稿手段は?複数犯?目的は?


まぁ、この辺はわかりますが…


今の10代はブラインド打ちが出来るとか、どれくらい早くメールが打てるかの検証まで行っている局までありました。




問題はそこじゃないでしょう。






僕が一番驚いたのは、報じている大人の側があまりにもネットに疎いことですね。


Yahoo!の知恵袋を知らない人や、数分で回答が来ることに驚いている人がいて、これでは子供に舐めれるのも仕方ないのかと思いました。




ネットは本当に便利で、今の時代に活用しない手はないと思います。


ただし、情報リテラシー(情報選別能力・活用能力)は必須になるでしょう。






僕は、自分のサイトに質問に来る人にしつこく言ってきました。




複数のサイトを見ること。


情報を鵜呑みにしないこと。


それらを基に自分で考えること。




何だかどこかの授業みたいですが、結構出来てない人が多いと思いました。




わけなければ何でもネットで答えを探せる時代です。


それどころか、質問サイトで聞けば何でも誰かが答えてくれます。






だけど、自分で考えなければいけないこともあります。


その一つが性自認だと思います。




自分の状態を説明して、他人にセクシュアリティを決めてもらおうとする人は多いです。


でも、それこそが性自認が何かを一番わかっていない行為なんですよね。




性自認は、自分が感じる自分の性です。


なので、今持っている自分の要素を、自分自身が男だと思うのか女だと思うのかが、性自認です。


極端なことを言ったら、他人の意見は関係ないんですよね。




これも何度も言っていますが、


「君は女性ですよ」


と言われたら、自分を女性だと思えるんですか?




女性だと思えないからこそ、質問しに来たはずです。


皆に女性だと言われても、自分だけは自分を女性だと思えないからこそ、悩んでいるんですよね?




それが今の君でしょ?


それが君の性です。




立派なもんですよ。




盲目的に自分が男性や女性だと信じているよりも、悩んで自分の位置を掴もうとしている人の方が、何倍も性について考えているんですから。


あとは、知識を足して自分を表現できる言葉を持てれば安定してきます。


そこから少しずつ自分を表現して経験を積んだら、鬼に金棒です。






男性で生きたこともない人が、男性として自信を持っていたらおかしいです。


自信があるとしたら、それは単なる強がりです。




性自認は、自信ではありません。



単なる状態認知です。








回答を素早く得る能力も大切ですが、自分で考える能力も疎かにしてはいけないでしょう。




自分で考え抜いて行き着いた性だからこそ、納得して生きられると思います。


誰かに回答してもらった性を生きられるなら、FtMも皆、女性を生きて幸せになれるはずです。
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かなり難しいとは思いますが、東野圭吾の『片想い』は見てみたいなと思います。




この作品には、FtMが出てくるからです。






前半の描写は見事です。


FtMなら一度は直面するであろう現実を、逃げずに描いてくれたと思いました。




FtMは男性です。




体が女であろうと、他人が女を信じていようと、本人の感覚は男が抜けないものです。


男として女の体を見つめ、男として女の立場を眺めています。






片想いでは、FtMが男友達とSEXするシーンがあります。


FtMが皆女性を好きになる訳ではないですが、彼は女性に性指向があるFtMのようです。




自分は女だと、好きになるべきは男だと言い聞かせるように、性行為に及ぶのです。






FtMと女性の恋愛関係や肉体関係ではなく、男性との関わりを描いてくれたことに感謝したいです。




FtMなら誰もが直面する困難だからです。




僕は今でも、男友達は難しいと感じます。






この辺が、作者が男性だからかなぁとは思わずにはいられませんでした。




女性がFtMを描くと、どうしても理想化されてしまいます。



少女漫画の男性が典型です。






FtM故の苦悩は、男にしかわからないと思います。




それは、男性が「もし自分の体が女だったら…」と考えるのは正しいけれど、女性が「もし私の心が男だったら…」という想像はFtMではないからです。




女性がわかるのはMtFだけです。




「自分の体が男だったら…」


その想像が性同一性障害です。








『片想い』は、FtM当事者として自分が演じてみたいと思った作品でもあります。




半端なく大変そうですけど…






ただ、オチが納得行かないんですよね。




サスペンスの結末は悪くないと思いましたが、FtMがね…






興味のある人は読んでみて下さい。


FtMなら共感できるところがあると思います。


非当事者の人には、こういう現実も知ってもらえたら嬉しいです。