トランスジェンダーや性同一性障害は誤解の多い存在だと思うが、その一つに、マジョリティとマイノリティの視点の違いがあると思う。
普通じゃないの嫌だよね?
他の人と違うと辛いよね?
ちゃんと男(女)になりたいよね?
直接言われることはそう多くない。
大概は腫物にでも触るように、同情的な態度で何も言えなくなるから。
でも、正直こういう空気、もううんざり。
悪気はないと思う。
寧ろ、好意的に理解しようとしてるのかもしれない。
でも、それならマイノリティとは何かをちゃんと知ってほしい。
マジョリティの価値観で俺らマイノリティを計るのは、理解じゃなくて押しつけでしょ?
“私は普通だけど、あなたは普通じゃないから、それを直したい気持ちはわかるよ”という理解。
俺はここに、同情=理解という勘違いが生じていると思うし、マジョリティの優越も感じる。
当事者が未熟だった場合、普通になりたいと思わない自分はおかしいんだと、さらに自分を責める悪循環に陥る。
マジョリティがマジョリティでいたいと思うのは、当然なんだよ。
だって、それが自分だから。
普通の男(女)は、男(女)の体と男(女)の意識と女(男)が好きな気持ち。
その全てが自然な自分でしょ?
誰かから押しつけられた訳でもない、自分で意識したことすらないほど、自分に馴染んだものじゃないの?
FtMにちゃんと男になれとか、やっぱり女だとか詮索するのは、その馴染んだものを奪うってことなんだよ。
手や足があれば、あるのが自分だと思っている。
自分のものという認識があればそれを失いたくはない。
しかし、先天的に手足に障害のある人も同様に考えるかと言ったら、同じとは限らないのではないか。
手足がないのが自分とか、特別欲しいとは思わないと感じていたとしても、手足が欲しい人間と同様に尊重されるべきだと思う。
かの乙武洋匡さんは、両手足を生やす医療技術の申し出を断ったことがあると言っていた。
彼の細胞を使って再生出来るというものだったらしい。
そもそも、その技術自体怪しいものだったのかもしれないが、あっさりと「必要ない」というようなことを言っていたのが、とても印象的だった。
俺は、彼のような体になりたいとは思わないし、なってしまったら受け止められるかもわからない。
だけど、だからと言って彼が同じように感じるべきだというのはおかしな話だろう。
確かに、体さえ治せば普通の男だと言うFtM当事者もいる。
手術を終えて男として社会に埋もれていけば、性同一性障害者は見えなくなる。
ただ、どんな姿になってもマイノリティとしての誇りを捨てたくない俺とは、ちょっとスタンスが違うようにも思う。
俺は、FtMもゲイもISも、みんな多数の男女と変わりないということを知ってほしいのであって、俺が普通の男に見えるかどうかなんて些細な問題なんだ。
普通に見えるから認めるなら、結局普通になる努力をしなければいけない。
それは、異性愛者に同性愛者になれというのと同じことだよ。
俺がマジョリティをそういうものとして認めているように、俺もそういうものとして認知してほしいだけ。
普通の男や女が、普通の男や女として自分の性に誇りを持って生きているように、俺も自分の性を生きたいだけだよ。
普通じゃないの嫌だよね?
他の人と違うと辛いよね?
ちゃんと男(女)になりたいよね?
直接言われることはそう多くない。
大概は腫物にでも触るように、同情的な態度で何も言えなくなるから。
でも、正直こういう空気、もううんざり。
悪気はないと思う。
寧ろ、好意的に理解しようとしてるのかもしれない。
でも、それならマイノリティとは何かをちゃんと知ってほしい。
マジョリティの価値観で俺らマイノリティを計るのは、理解じゃなくて押しつけでしょ?
“私は普通だけど、あなたは普通じゃないから、それを直したい気持ちはわかるよ”という理解。
俺はここに、同情=理解という勘違いが生じていると思うし、マジョリティの優越も感じる。
当事者が未熟だった場合、普通になりたいと思わない自分はおかしいんだと、さらに自分を責める悪循環に陥る。
マジョリティがマジョリティでいたいと思うのは、当然なんだよ。
だって、それが自分だから。
普通の男(女)は、男(女)の体と男(女)の意識と女(男)が好きな気持ち。
その全てが自然な自分でしょ?
誰かから押しつけられた訳でもない、自分で意識したことすらないほど、自分に馴染んだものじゃないの?
FtMにちゃんと男になれとか、やっぱり女だとか詮索するのは、その馴染んだものを奪うってことなんだよ。
手や足があれば、あるのが自分だと思っている。
自分のものという認識があればそれを失いたくはない。
しかし、先天的に手足に障害のある人も同様に考えるかと言ったら、同じとは限らないのではないか。
手足がないのが自分とか、特別欲しいとは思わないと感じていたとしても、手足が欲しい人間と同様に尊重されるべきだと思う。
かの乙武洋匡さんは、両手足を生やす医療技術の申し出を断ったことがあると言っていた。
彼の細胞を使って再生出来るというものだったらしい。
そもそも、その技術自体怪しいものだったのかもしれないが、あっさりと「必要ない」というようなことを言っていたのが、とても印象的だった。
俺は、彼のような体になりたいとは思わないし、なってしまったら受け止められるかもわからない。
だけど、だからと言って彼が同じように感じるべきだというのはおかしな話だろう。
確かに、体さえ治せば普通の男だと言うFtM当事者もいる。
手術を終えて男として社会に埋もれていけば、性同一性障害者は見えなくなる。
ただ、どんな姿になってもマイノリティとしての誇りを捨てたくない俺とは、ちょっとスタンスが違うようにも思う。
俺は、FtMもゲイもISも、みんな多数の男女と変わりないということを知ってほしいのであって、俺が普通の男に見えるかどうかなんて些細な問題なんだ。
普通に見えるから認めるなら、結局普通になる努力をしなければいけない。
それは、異性愛者に同性愛者になれというのと同じことだよ。
俺がマジョリティをそういうものとして認めているように、俺もそういうものとして認知してほしいだけ。
普通の男や女が、普通の男や女として自分の性に誇りを持って生きているように、俺も自分の性を生きたいだけだよ。




